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多崎礼「レーエンデ国物語」 大河ファンタジイに引き込むネオクラシック

 強大な帝国の領内にありながら、呪われた土地と恐れられ、統治を逃れてきたレーエンデ。物語は、貴族の娘ユリアが交易路の開拓調査に赴く父についてこの国へと向かうところから語り起こされる。

 化石化した樹木の洞で人々が暮らすレーエンデは、城から出たことのないユリアにとっては異界同然の地だ。しかし、レーエンデに足を踏み入れた彼女は、シャボン玉のようにはじける泡虫の群れに取り囲まれ、その光の渦の中で、自分が「還(かえ)ってきた」ことを確信する。このユリアの感覚、異界が持つ美しさに抱く畏敬(いけい)の念と懐かしさは、まさにファンタジイ小説を読む醍醐(だいご)味であり、読者を一気に物語世界へと引き込む。

 だがこのレーエンデも、夢のような妖精郷ではない。この地が帝国の支配を逃れ、文化的な独立を保つ背景には、立地の険しさともうひとつ、銀呪(ぎんしゅ)病と呼ばれる風土病の存在があった。

 レーエンデには満月の夜に幻の海が出現する。森に銀色の霧が流れこみ、木々の間を半透明の異形の魚が泳ぐ。この幻の海にのまれた者は、銀呪病という不治の病を発症、全身を銀の鱗(うろこ)に覆われて死を迎える。自然と共にあるレーエンデの暮らしに魅了され、この地で生きる決意を固めたユリアは、銀呪病患者が死を迎える施設の手伝いをはじめる。貴族の娘としての役割を強いられることを諾としてきた彼女が、自らの人生を選び、歩き始めたのだ。ところがその矢先、彼女の道は「宿命」としか呼びようのない災いによって捻(ね)じ曲げられてしまう……。

 少女小説的な甘やかさと青春小説の清新さを備えた物語は、序盤こそ、ユリアの成長を待つようにゆるやかに進むが、終盤は全ての希望を砕く怒濤(どとう)の展開となり、宿命と戦に翻弄(ほんろう)される大河ファンタジイとなって幕を下ろす。精緻(せいち)な世界設定と、イマジナリーな描写が生み出す奥行きと、圧倒的な物語力。ファンタジイの面白さを詰め込んだネオクラシックの誕生だ。=朝日新聞2023年9月23日掲載

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 講談社・2145円=6刷6万5千部。6月刊。「ハリー・ポッターなどの楽しい読書体験を思い出したという声が多い」と担当者。