加耶とは、3世紀から6世紀にかけて、朝鮮半島南部にあった小国群で、ひとつにまとまることなく、百済と新羅によって分割されて消滅した。
本書は、その加耶のはじまり以前から消滅以後まで、およびそれに倭がどのように関わったのかについて、史料をほぼ網羅するかたちで述べたもので、これを入門書として、加耶史に関心をもつ人が増えるならば、加耶史研究者としてはたいへんありがたい。
任那とはほんらい加耶諸国のなかの一国の名で、金官ともよばれる(現在の韓国・金海〈キメ〉)。ところが日本書紀では、加耶全体を指すような「任那」の用法がある。それは書紀独自の用法で、天皇の直轄領ミヤケが置かれた地の意味もある。
かつての古代史学界では、日本書紀の用法を受け、4世紀後半に朝鮮半島に出兵してその南部を占領し、任那日本府を置いて支配した、という説が定着していた。本書の副題「古代朝鮮に倭の拠点はあったか」は、それを否定しようという意志の表明で、それに腐心していることがうかがえる。
かつての認識を変える契機になったのは、1960年代、北朝鮮の歴史学者・金錫亨(キムソッキョン)の、三韓三国の分国が日本列島内に存在したという「分国論」で、その結果、教育もかわり、50歳代以下の人びとには、そのような認識は共有できないのではないか。しかし仁藤さんは、いまだにそのような認識がねづよいとみているのであろう。それが本書の動機とテーマになっている。
あらたな加耶史を提示しようとするものではないが、従来の研究をよく整理して構成する。史料操作などやっかいで難しく、内容も容易に理解されないと思えるこのテーマにふみこんだ意欲は評価される。読者も、高度な謎解きゲームに参加するつもりで手にとってみてはどうであろうか。
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中公新書・990円。24年10月刊、5刷3万9千部。担当者は「古代史の焦点でもあり、広く日韓問題や朝鮮史に興味を持つ方に読まれています。韓国語訳のオファーが来て進行中で、お互い歩み寄る流れのなかにあるかもしれません」。=朝日新聞2025年9月6日掲載