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cero高城晶平さん、読書は「考えるためのブロック集め」いつか何かとつながる瞬間が面白い

cero高城晶平さん=篠塚ようこ撮影

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cero高城晶平さんが選ぶ5冊 スピノザからベンヤミンに誘われ、ありえた世界の可能性を求めて

読書は、いつまでも考え続けるための材料集め

――高城さんは、ご自身を分析したいという気持ちもあるのでしょうか。

 自己分析というより、「解き明かしたい」という欲求かもしれません。その中でも大きいのは死生観ですね。

 僕は実は産みの父も母も比較的早く亡くなっていて、特に母が亡くなった時は、すごい未練というか、もっとたくさん経験して死んでほしかった、みたいな気持ちが強かったんですよ。気持ちの整理がついていないまま亡くなったようにも見えて。だから自分が死ぬ時は、もう少し納得した状態でいたいと思ったんですよね。

――そのための読書でもある。

 そうですね。だから宗教の本も好きなんです。キリスト教も仏教もイスラム教も読むし、哲学も読む。信仰したいというより、知っておきたいんです。死ぬ時に寝たきりになっていたとしても、頭の中で考えられる材料がたくさんあった方がいいじゃないですか。

 僕の中ではそれをレゴブロックみたいに考えていて。いろんな思想や物語や概念を集めておいて、最後にそれらを組み合わせながら「なるほど、こういうことだったのかもしれないな」と思えたらいい。だから読書は自己分析というより、考えるための材料集めなんですよね。

――「ビブリオ・ロジ(高城さんが経営しているカフェバー<Roji>で不定期に行われているブック・イベント)」でも宗教関係の本をよく紹介していますよね。

 そうなんです。単純に興味があります。信じるかどうかは別として、それだけ長い時間、人間を支えてきたものなんだから、知らないより知っていた方が面白い。詞を書く材料にもなるし。そう考えるとすごく合理的なんですよ。

――哲学や宗教が下地になって、小説の読み方も変わるんでしょうか。

 かなり変わりますね。特に海外文学を読んでいると「この描写はたぶんこの宗教観に基づいているんだろうな」とか、「この人物の考え方はこういう哲学から来ているのかもしれない」とか見えてくる。そうすると小説の解像度が上がるんです。読書というのは一冊だけで完結するものじゃなくて、本と本がつながっていくものなんだなと思います。

――今の高城さんの読書は、どんどんレゴブロックを増やしているような感覚なんですね。

 本当にそうですね。もちろん知識を増やしたいという気持ちもありますけど、それだけじゃなくて、いつかどこかで別の本や音楽や出来事とつながるかもしれない。その瞬間が面白い。だから読み続けているんだと思います。

――小説を読む時は、そういう知的な興味だけですか。それとも単純に面白さも求めますか。

 もちろん面白さもあります。むしろ最後はそこかもしれないですね。感激したいし、驚きたいし、「こんな表現があったのか」と出会いたい。本当に純粋な創作物として、「すごいなあ」と思えるものに出会いたい。その気持ちはずっとあります。

何にでもなれるからこそ

『シッダールタ』『かみあわないノーマ』

――次の本は、ヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』です。

 光文社古典新訳文庫で新しく出たものなんですが、ヘッセの『デミアン』を読んだことがあって、その流れで手に取りました。

 精神分析や哲学の本を読んでいると、『デミアン』がしばしば参照されるんですよね。実際に読み返してみると、難しい思想をすごくシンプルな物語に落とし込んでいることに改めて驚かされました。中高生でも読めるくらい平易なのに、その奥にあるテーマはとても深い。『シッダールタ』もまさにそういう本でした。

――ブッダを題材にした作品ですよね。

 そうですね。ただ、いわゆるブッダの伝記ではないんです。仏教的な世界観を下敷きにしているんだけど、むしろオルタナティブな物語なんですよね。僕がこれを読んでいて感じたのは、スピノザとの共通点でした。もちろん併読していたわけではないんですが、「あれ、これって言っていることが結構似ているな」と思う瞬間が何度もあったんです。

――どんなところでしょうか。

 スピノザは「神=自然」と考えるんです。ただし、その自然というのは森や海だけを指しているわけじゃない。この机も、本も、人間も、携帯も、全部を含めた世界そのものなんです。そして、それらはすべて一つの実体が異なる形をとって現れたものだと考える。『シッダールタ』にも、そういう感覚に通じる部分があるんですよね。世界のあらゆるものがつながっている感覚というか。だから読みながら、別々の場所から伸びてきたシナプスがつながるような感覚がありました。

――「オルタナティブ」と感じた部分は、どこでしたか。

 この作品には、すでに悟りを開いた人物が登場するんです。つまり、主人公が悟りを探す前に、完成形みたいな存在が現れる。しかも主人公は、その人物が本当に悟っていることをすぐ理解するんですよ。「この人にはかなわない」と。普通なら弟子入りしそうじゃないですか。でも、そうしないんです。

 「その悟りはもうあなたが到達した悟りだから、自分は自分の悟りを探します」と言って、別の道へ行く。そこから先が『シッダールタ』の物語なんです。しかも、その後かなり俗世に染まるんですよ。欲望に溺れたり、お金に執着したり、いろんな寄り道をする。悟りに向かって一直線に進む話では全然ない。でも、その回り道を全部経験した上でしか見つからないものがあるんじゃないかという物語になっている。そこにすごく惹かれました。

――受動から能動へ、というスピノザの話とも重なりますね。

 そうですね。与えられた答えではなく、自分自身の答えを探しに行くという意味ではかなり近い気がします。

――もう一冊はアン・カーソンの『かみあわないノーマ』です。

 これは最近、<Roji>でイベントをやった時に翻訳者の小磯洋光さんが来てくださったのがきっかけでした。小磯さんは僕が大好きな小説『オープン・シティ』の翻訳も担当されていて、「ぜひ読んでみてください」と渡してくださったんです。まだ読み切ってはいないんですが、ものすごく面白い。

――どんな内容の本ですか。

 すごく説明が難しいんですよね。詩とも小説とも言えるし、そのどちらでもないとも言える。

 僕は普段インタビューをされる時に、「エピック」と「リリック」という話をよくするんです。千葉雅也さんがどこかで書いていた話なんですが、出来事がAからB、BからCへと線的につながっていくものを「エピック(叙事的)」と呼ぶ。一方で、点と点が必ずしも線で結ばれていないものが「リリック(叙情的)」に近い。

 僕自身の歌詞はどちらかというとエピック寄りだと思うんです。アルバム全体を通して同じモチーフが出てきたり、物語としても読めるような作り方をしているので。

――ceroの曲を通して聴くと、確かにそう感じます。

 でもアン・カーソンは、その境界線の上にいるんですよね。一つひとつの文章は散文として書かれていて、時間も流れるし、出来事も起こる。だから小説とも読める。でも読み終わると、「これは詩だったのかもしれない」とも思う。その曖昧さがすごく面白い。

――オムニバス的な作品ではないんですね。

 そうなんです。一編ごとのつながりは曖昧なんだけど、一つひとつはしっかりしたシーンとして存在している。読んでいて「これは小説じゃない」とも言えないし、「これは完全に詩だ」とも言い切れない。その中間にあるんです。

――高城さん自身も、小説を書いてみたいと思うことはありますか。

 あります。でも、全然成功したことがない。なんなら結局書き出すまでに全然至ってないから、もし書くとしたら、こういう方法論はすごいありなのかも、と読みながら考えました。

 詩の延長線上で、限りなくエピックなものにしていけば、いずれは小説になるのかも。それを誰が小説じゃないと言えるか、詩でないと言えるかって、すごい曖昧だなって。それに結構気づかされました。

本の向こうから誰かがやってくる

――本は普段どのように選んでいるのでしょうか。

 友人やSNSで見かけた本をアプリの「ブクログ」に片っ端から登録しています。本屋に行ったときに見返して、その中から買うことが多いですね。借りた本はなぜか読めないので、気になる本は基本的に自分で買います。

――どんなふうに読書していますか。

 移動時間にスマホではなく本を開くようにしています。喫茶店で読むことも多いですし、特に新幹線の移動時間のときに読書が捗ります。待ち時間は全然苦にならないですね。

――本のカバーは付けない派でしょうか。

 そうですね。電車で誰かが読んでいる本を見て興味を持つことがあるので、自分も同じように本の表紙を見せて読んでいます。少しでもその本の宣伝になればいいなと思っていて。

 実際、「ビブリオ・ロジ」で紹介した本の著者や翻訳者から連絡をいただくこともあります。本をきっかけに交流が生まれたり、友人になったりすることもあって、本は人と人をつなぐものなんだなと感じます。

取材協力:喫茶室ミミタム

――最後に、一冊すすめるとしたら。

 僕はもう今とにかくスピノザの話をすごいしたいモードなんで。17世紀の話だけど、現代でもやっぱり全然すごい。今でもアクチュアルな言葉にあふれてるんで、ぜひ興味あったら読んでほしい。國分功一郎さんのもそうだけど、すごい簡単に書いてくれてる入門書が結構多いから、読み始めるにはすごくいいんじゃないかなとは思いますね。