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書評委員の「夏に読みたい3点」②川出良枝さん、酒井啓子さん、高谷幸さん、田島木綿子さん、中澤達哉さん、藤井光さん

放送大学教授 川出良枝さん

①政治の擁護(バーナード・クリック著、杉田敦訳、岩波文庫・1782円)
②白鯨 モービィ・ディック 上・下(メルヴィル著、千石英世訳、講談社文芸文庫・各2640円)
③二十世紀の戦争と平和 増補版(入江昭著、東京大学出版会・2640円)

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 ①は、「政治」を調停と妥協によって合意を導く営みと捉える。そんなささやかな営みもまわりは敵だらけ。民主主義も自由主義も場合によっては政治を破壊する。きわめつきの大敵は、人間の苦しみへの無関心と政治に絶対性・確実性を求める態度だという。驚くべき洞察力ではないか。
 ②が描く美しくも無慈悲な自然は、人間にとっての「環境」でもなければ、保護の対象でもない。思想の深淵(しんえん)に、背筋が凍る思いもするが、鯨の白さについての有名な章など、難しく考えすぎず、長広舌を楽しむ余裕も夏の読書ならでは。
 ③は、より良き国際秩序のために、軍事力や外交だけでなく、世論や思想、企業活動や非政府組織の運動が果たした役割に光を当てる。21世紀へのエールの書。

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千葉大学特任教授 酒井啓子さん

①闇の奥(ジョゼフ・コンラッド著、高見浩訳、新潮文庫・649円)
②半島を出よ 上・下(村上龍著、幻冬舎文庫・上796円、下1056円)
③かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた(ウラジーミル・アレクサンドロフ著、竹田円訳、白水社・4620円)

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 侵略や占領、破壊と殺戮(さつりく)が日常化する日々が来るとは、思わなかった。ベトナム戦争を描いた映画「地獄の黙示録」は①の翻案だが、そこで描かれる植民地支配の狂気は、現在の戦争でも進行中だ。②を最初に読んだときも、こんなひりひりした危機感と国家の頼れなさをリアルに描いた小説は、日本ではありえないSFだろう、と思っていた。パレスチナの反占領抵抗運動じゃあるまいし、と。戦争を思い起こす夏が来るたび、これらの描くリアルさが、年々増す。
 一方で、戦争や動乱によってはじき出される辺境の人たちは、意外にタフだ。③は、奴隷制を逃れてヨーロッパ、ロシアを転々としてジャズの興行師になる。ロシア革命を逃れて脱出する場所の現代性に、ご注目。

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東京大学准教授 高谷幸さん

①ミラノ 霧の風景(須賀敦子著、白水Uブックス・1100円)
②台湾漫遊鉄道のふたり(楊双子著、三浦裕子訳、中央公論新社・2530円)
③僕は裏切らない アジア系アメリカ人の青春(フア・シュー著、池田年穂訳、慶応義塾大学出版会・3520円)

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 円安に燃油サーチャージの上昇。海外はますます手が届きにくくなりそうだ。でも旅同様、読書もまた、時空を超えた出会いと日常の捉え直しの機会を与えてくれる。というわけで海外を舞台にした出会いに関する本を3冊。①は、長年ミラノに住んだ著者が日本に戻ってから書いたエッセイ。人や街との出会いは別れた後も記憶として人の生を浸す。②は、日本の植民地下・台湾での日本人と台湾人の女性同士の旅を描く。非対称な出会いに含まれる困難と独善、それでも相手を想(おも)う、複雑な関係を描く。③は、90年代カリフォルニアで青春を送った著者による友との出会いと喪失、再生の話。移民の帰属や友人関係をめぐる経験と哲学的思索は普遍的でもあり、失われた時代の回想でもある。

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国立科学博物館研究主幹 田島木綿子さん

①カムイのフクロウ(早矢仕有子著、東京大学出版会・3520円)
②消えゆく巨樹の民俗誌(谷口渡志夫著、築地書館・2200円)
③植物時代 人類進化の種が蒔かれたとき(D・フォーク著、風間賢二訳、青土社・3520円)

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 ①は北海道に生息する絶滅危惧種のシマフクロウに関する大作である。フクロウ類は昔から神と讃(たた)えられヒト社会と共にあったはずが、本種を含め今では絶滅の淵に立たされている。野生動物との向き合い方を教えてくれる一冊。②は日本各地に残された巨樹の民俗や歴史を紐解(ひもと)いた一冊。巨樹への畏怖(いふ)の念、信仰の表れなど、ヒトとの関わりが窺(うかが)える。本書を片手に全国行脚すると人生が豊かになりそうだ。
 ③はヒトという種の成り立ちを進化発生学および文化人類学的視点から紹介する。思慮深く二足歩行する、さまざまな道具を巧みに使うなど、我々がどのように成り立ってきたのかを多角的に解説し、現代社会へ繫(つな)がるヒントが見える一冊。

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早稲田大学教授 中澤達哉さん

①越境者ラデク ロシア革命までの東欧世界 1885―1917(米田綱路著、現代書館・9680円)
②「民衆」のロスアンジェルス レイシズムに抗う文化と知(土屋和代著、有志舎・3520円)
③民族とナショナリズム(アーネスト・ゲルナー著、加藤節監訳ほか、岩波文庫・1507円)

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 ①は歴史の磁場=東欧に身を置いた革命家の半生を描く大著。20世紀のポーランド・ロシア・ドイツの革命に身を投じたラデクの個人史を通じて、帝国の支配と従属、国家の生と死、諸民族の共存と対立という東欧史の神髄を抉(えぐ)る。900ページ近い圧巻の筆致には脱帽だ。①が東欧という広大な領域を舞台とするのに対して、②はロサンゼルスというミクロな都市史の視点から、アメリカ社会の構造的な排外主義・人種差別の根幹に肉薄する。エゴドキュメントを駆使して、名もなき民衆の抵抗の軌跡を追う。③はナショナリズム研究の古典。産業化とともに成立するナショナリズムがネイションを生み出したのであって、その逆ではないという、認識論的転回を図った構築主義の名著。

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東京大学准教授 藤井光さん

①神を見た犬(ディーノ・ブッツァーティ著、関口英子訳、光文社古典新訳文庫・1210円)
②別れを告げない(ハン・ガン著、斎藤真理子訳、白水社・2750円)
③光の領分(津島佑子著、講談社文芸文庫・1760円)

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 まとまった自由時間ができたら再読したい本は、と考えたときに真っ先に頭に浮かんだ3冊です。不条理な世界の出来事を魅力たっぷりに描く①は、人生の意味を問う「コロンブレ」や戦争の亡霊を追う「戦艦《死(トート)》」など、語りの手腕が冴(さ)え渡ります。済州島四・三事件という歴史的悲劇に取り組む②は、微細な身体感覚に訴えかけつつ、過去に分け入っていく筆致が圧倒的ですし、過去の暴力の記憶とどう向き合うのか、というこの小説の問いは、日本語読者にとっても年々切実さを増しています。一転して、母娘ふたりの1年間の賃貸暮らしを語る連作短編集③は、人物造形の妙に加えて、光や水の描写をはじめとする美しい文体にいつまでも浸っていたい気持ちにさせてくれます。

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>朝日新聞書評委員の「夏に読みたい3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「夏に読みたい3点」③はこちら

>朝日新聞書評委員の「夏に読みたい3点」④はこちら