「破門」「後妻業」など世相を映した犯罪小説を書き続けている黒川博行さんが新刊「流砂」(新潮社)で取り上げたのは、闇バイトを裏で仕切るトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)だ。日々耳目を集める犯罪集団の実態をつまびらかにしながら、追う者と追われる者のひりひりする攻防劇を描いた。
書き始める前はオレオレ詐欺を題材にしようと思っていた。だが、3年前に東京・狛江で90歳の女性が殺害された強盗事件の報道を見て、変えた。
「びっくりしました。チンケな詐欺をやってると思っていたのにタタキ(強盗)までするのかと。人殺しまでするのかと。どんどんギャング化している。そんな驚きから、トクリュウを書いてみたくなった」
冒頭、青木なる宗教二世の男が闇バイトに応募する。オレオレ詐欺の下っ端の「受け子」や「出し子」を続けていたが、「指示役」を殺して死体を始末すれば、報酬を丸ごと手にできると思いついたのだ。ウブな堅気を装いながら綿密な準備を整えた青木は、冷静沈着に殺しを実行する。
トクリュウの組織や手口についての細かな描写は、いつもながらの膨大な取材のたまもの。闇バイトのチームを仕切る「守り役」について〈平成の監督は半グレとヤクザが半々くらいだったが、令和の監督はほとんどがヤクザ〉とあるのが印象的だ。日々のニュースだけではわからない、社会の裏を暴き出す。だが、本作の魅力はそれだけではない。
物語は三つの視点を行き来しながら進む。次々と殺人を犯す青木、消えた指示役らの行方を追うヤクザ、闇バイトの捜査から事件を追う警察。映画好きの黒川さんお気に入りの洋画「ノーカントリー」のごとく、逃げる男を、相反する二つの組織が追い詰めていく。
「いつか、あんな風に書いてみたいなと思っていた」という手法だが、視点の切り替えのタイミングが絶妙だ。青木の犯行はすべて読者に明らかにされている。それゆえにヤクザと警察が、じりじりと真相に迫っていく過程に緊張感が生まれていく。
情報屋など裏社会の人脈を駆使するヤクザと、科学捜査や組織力を生かした警察との、追い詰め方の違いも面白い。雑多な人物が登場するが、それぞれにひと癖あり、血が通っている。
「こいつは足らんなとか、とっぽいなとか、図太いなとか、人物像を伝えるのに、できるだけセリフで分からせたい。そういうときにIQを違わせると、会話がうまく動き出す。小説の登場人物ってIQ高いのが多い。同じ情報を聞いても、何かに気づくやつ、気づかんやつがおるのにね」
大阪弁のリズムが心地よい会話部分は、1時間にせいぜい原稿用紙1枚しか書けないという。
「会話をダダダダダダダと2枚分ぐらい書いて考える。このセリフは必要か、こう変えたらええんちゃうかと、どんどん縮めていくと1枚になる。ずっと口に出して、落語みたいに独り芝居してますわ」
「チンケな詐欺集団」と思っていたトクリュウは、なぜ荒事に手を染めるのか。書き終えてみて、黒川さんは思う。
「詐欺といった知能犯は、刑期の重い荒事はしないはずなんですよ。そんな考えにも及ばないというか、人間って、どこまでも落ちることができるんだなとあきれてます。ここまでひどいことになってると思ってなかった。想像を超えた惨状を書き切った手応えは感じてます」(野波健祐)=朝日新聞2026年9月9日掲載