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いろんな本が家に積まれてることが大事 Lil Mercy

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

本をたくさん読んでたり、いろんな音楽を聴いていることがカッコよかった

 「ラッパーたちが読んでいる本を紹介する」というこの企画を準備している時、「仙人掌はいろいろ読んでますよ」と教えてくれたのがLil Mercyだった。彼は私に『ヤーディ』というロンドンに住むジャマイカ人たちの小説を教えてくれて、読んでみるとそれがものすごく面白かった。仙人掌の取材時にも彼は同行してくれて、さらにいろんな本を教えてくれた。もうこの企画にうってつけの存在だ。その場で出演オファーをするとすぐに快諾してくれた。

 「自分たちはクラブで友達や先輩と本の話をよくしてたんです。あれが面白かったねとか、あの本のあそこはどんな意味なのか?みたいな。その延長で『Riverside Reading Club』が結成されました。中心人物が川沿いに住んでいたので『Riverside』。でも(メンバーには)それぞれのRiversideがあると思います。

 前回仙人掌が話していた辞書を片手に洋書を読む、というのはちょっと言い過ぎで。俺自身はビート文学全体が得意というわけではないんですがケルアックの『路上』はすごく好きで。邦訳ですら流れを感じる文章だから、原書はもっとすごいんだろうとトライしてみました。翻訳された時点で、著者が本来意図してた言葉のニュアンスとは絶対変わっていると思ったし。でもさすがにハードルが高すぎてその時も結局無理で、今はもうやってません(笑)」

 いきなりハイレベルな読書エピソードを披露されてこちらがひるんでいると、間髪入れずに1冊目の本、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『伝奇集』を紹介してくれた。ボルヘスはラテンアメリカ文学を代表する作家で、『伝奇集』は1944年に刊行された。

 「この本は、自分がやってるバンド・PAY BACK BOYSのメンバーから昔貸してもらいました。その人は哲学や経済学の本とかも読んじゃうような人で。自分たちの世代は本をたくさん読んでたり、いろんな音楽を聴いていることがカッコよかった。だから自分もいろんな本に挑戦してましたね(笑)。実はこの『伝奇集』も最初読んだ時はよくわかりませんでした。でも『バベルの図書館』という短編はなんとなく好きで。古臭いSFみたいな映像が浮かぶ文章で読みやすい。でもテーマはとても難解なんです。今回この企画があるので、買い直してなんとなく読み返してみたら、自分の中にすっと入ってきたんです。音楽でもそういうのありませんか? この短編はまさにそういうタイプでしたね。世界や人生を図書館で表現するのがすごく面白いと思いました。あとこの本はジャケがカッコいい」

翻訳家に注目して海外文学を選ぶ

 表紙を「ジャケ」と言うあたりが音楽人らしい。『伝奇集』の表紙はハードコアパンクバンドの7インチレコードのジャケットを思わせた。Lil Mercyに本を「ジャケ買い」するのか聞くと、またユニークな視点からエピソードを教えてくれた。

 「ジャケ買いもするし、たまに翻訳家でチェックしたりもします。『Riverside Reading Club』の人に教えてもらったんですが、日本の海外文学ってまず翻訳家が訳したい本を選んで、完全に翻訳した状態で出版社にプレゼンするらしいんです。それで出版社が日本でも発売するかを決める。だから海外文学は、翻訳家でチェックしていくと自分の好みに合うことが多いって。レゲエやヒップホップにおけるプロデューサー買いみたいな感覚なんだと思うんですけど(笑)」

 Lil Mercyが2冊目に紹介してくれたのは、佐々田雅子という翻訳家が手がけたジョナサン・レセムの『孤独の要塞』という小説。彼女はノワール小説の傑作と誉れ高いジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』などを翻訳している。

 「この本は本当に面白いです。まだ読み終わってないんですが、面白すぎるので読み飛ばしたりしないよう、あえてゆっくり読んでいます。タイトルの『孤独の要塞』ってスーパーマンの秘密基地のことなんです。舞台は1970年代のニューヨークのブルックリン。当時は今と違って、すごく荒廃した場所でした。主人公はオタクの白人なんだけど、土地柄から自然とストリートや音楽の話が出てくる。

 この本が面白いのは、そういうソウル、ファンク、ヒップホップ、グラフィティの話の中にアメコミのエピソードがでてくるところ。日本人からすると、アメコミって難しいですよね? キャラの関係性とか、いろんなことが日本のマンガ文化とは全然違う。でもこの本を読むと、アメリカにおけるコミックスの位置付けがわかる気がします。あと当時のディティールがすごく細かく描かれているので、他のアメリカ文学や映画や音楽でわからなかった部分がこれを読んで解消されたりもしました。結構分厚い本ですが、わりとよく持ち歩いてちょっとずつ楽しみに読んでます」

 筆者のように読書コンプレックスを持ってる人間にとって、Lil Mercyの「あえてゆっくり読む」という視点も慧眼だった。集中力がないのでとにかく読むのが遅い。誰に監視されてるわけでもないのだが、なかなか読み進めないのがとにかく恥ずかしかった。そのことを伝えると彼は「あんまり気にしないほうがいいですよ。長編が読めなかったらショートショートみたいなので読了の達成感を得るのもいいし。あとすげー読書家も絶対全部の本を読み切ってはいないと思います」と笑った。

写真集を読む

 最後に紹介してくれたのは、写真集『Autograf: New York City’s Graffiti Writers』だった。ニューヨークで活動するグラフィティライターのポートレートを、それぞれのタグ(署名)とともに掲載している。

 「これはpower House Booksというレーベルから出た写真集で、発売された当時、周りの友達は本当にみんな持ってました。実はこれも誰かに貸しちゃって、そのまま行方不明になったから書い直した2冊目です。まずこれ、本としての完成度がヤバいと思って。グラフィティライターはほとんど顔を出さないで活動しているんですが、その人たちのポートレイトで写真集を作っちゃうのもすごいし。一緒に載ってるタグのプリントも実際に書いてあるような質感で印刷されてて、めちゃくちゃクオリティが高い。

 FuturaやKAWSのような有名人もいるけど、ここでてくる何人かはオーバードーズで死んでしまっていたりするんですよね。この本は写真集だから文字はほぼないんですけど、写真から読み取れる情報はものすごく多い。自分はこの本をひらすら『読んで』、そこからいろんなバックグラウンドを調べたりもしました。そうするとさらにこの本のヤバさがわかる。すごく影響を受けた1冊なので、今回紹介しようと思ったんです」

 グラフィティはもともと犯罪で、ゆえに多くのライターたちは顔を隠す。また当事者同士でも作品で抗争を繰り返してきた歴史がある。この『Autograf: New York City’s Graffiti Writers』にはそんなカルチャーの複雑さの一部が記録されている。

 ストリートカルチャーにはさまざまな文脈が存在する。例えば、レゲエは平和な音楽というイメージが強いが、実はジャマイカのギャングたちによる血なまぐさい歴史も同時に存在している。最初に紹介した『ヤーディ』を読むと、その一端がわかる。そしてそれを知っているか否かで、レゲエから連想されるイメージはまったく異なってくる。 

 「読書ってハードルが高いと思われがちですけど、とりあえず気になった本は買って部屋に積んでおくのをおすすめしますね。別にすぐ読まなくてもいいんです。大事なのは、家にいろんな本がいっぱい積まれていること。それで読みたい時にちょっと手にとって、読みたい分だけ読めばいい。そういうのもデータなら便利だけど、なんか味気ない。モノには独特の面白さがある。

 例えば、めっちゃ書き込まれた古本とか。古本屋でヤクザの本を買って、自宅で読んでみたらすごい書き込みがあって。線引かれてたり、一文を丸囲みして『男とは?』とかコメントが付いてたり(笑)。しかも線引きや書き込みは途中でピタッと止まってて。たぶんこの本は最後まで読まれず売られたんですよ。そんなことを想像したら、もはや本の内容より書き込んだ人のことが気になっちゃいましたね。そういう読書体験はモノならではだと思います」