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POTATO CHIP BOOKS(東京) 大人も子どもも、ついつい手が伸びる本のある空間を

 「もうこの年になると、脂っこいものがきつくて~」

 そんな言葉を耳にするお年頃になったが、私は今でも揚げ物をよく食べる。スナック菓子も常備している。中でも揚げた芋は、フライドポテトもポテトチップスも大好きだ。古い油さえ使わなければ、おそらく胃もたれしないはず。中国語でも「頑張れ」の意味で「加油」って言うし、日夜過酷な業務に追われる労働者にとって必須のエネルギー源だ。

 そんな信念のもと、今日も芋を愛する私のもとに、「POTATO CHIP BOOKS」という本屋のオープン情報が飛び込んできた。

 このところフルーツ甲殻類 と、食べ物にちなんだ名前の本屋を訪ねてきたこともあり、これはスルーできない。京成線の京成立石駅にあるその店に、早速向かうことにした。

店主の長島亜希子さん。

「のれんで見せる店名」は先輩がいた

 京成立石といえば、外はパリパリ中はジューシーな、「若鶏の唐揚」が名物の街である。あ、やっぱり揚げ物だ。ここしばらくご無沙汰している、くだんの人気店を通り過ぎて区役所方面に向かう。

 少し歩いた路上に、ビニールコーティングされて「本」と書かれた看板が置かれていた。矢印に従い道を曲がると、開店祝いと思しき花が飾ってある店があった。じゃがいも色ののれんに「POTATO CHIP BOOKS」とある。葉々社 ののれんを彷彿させるなあ。

 「実はうちものれんで店名を見せたくて、葉々社さんに相談に行ったんですよ。これを作ってくれたのは、私が以前勤めていた会社ですが」

 迎えてくれた、長島亜希子さんが教えてくれた。おお、やはり目指すものは同じだったのね。

商店街から1本入った、子供服店の並びにある。のれんが目印。

 宮城県出身の長島さんは、大学進学がきっかけで東京にやってきた。通っていたのは法学部だったけれど、どうにも、しっくりこなかった。中央線沿線に住んでいた長島さんは、「ここではないどこか」を求めて、吉祥寺のレストランでアルバイトを始める。すると仲間の1人から、グラフィックデザインソフトについて教わる機会を得た。

 「なんとなく法学部に入ってしまったのですが、東京に来るまで、デザインそのものをよく知らなかったんです。でもバイトを通して『デザインって楽しいな』と気付き、それを仕事にしたいと思うようになって。デザイン関係の会社に就活を始めたら、未経験ながら、幟のデザインをしている会社に採用されたんです。そこでこののれんを作ってもらったんですよ」

 現在も良好な関係の会社で2年ほど働き、幟以外にも色々作ってみたくなった長島さんは、デザイナーとして複数の会社を渡り歩く。

 「チラシとかガチャポンの企画とか、これまでに色々なもののデザインをしてきました。でもエディトリアルデザインの経験はなくて。本はずっと好きだったけれど、本にまつわることが、自分の仕事になるとも思っていませんでした」

ベビーカーでも通れるように、導線を確保している。

「パン屋の本屋」との出合いが人生を変えた

 そんな長島さんを変えたタイミングは、出産だった。子どもができるまでは、仕事ついでに出先で本屋に立ち寄っていたが、子どもが小さいとそれもままならない。本屋に行きたい……と悶々と過ごしていたところ、コロナ禍に見舞われた。

 「しばらく外出できない日々だったので、行動制限が緩んで久々に本屋に行っても、何を見ていいのかわからなくなってしまって。絵本は手に取っていましたが、それ以外に何を読もうかと、考え込んでしまったんです」

 京成沿線に自宅がある長島さんはある日、乗り換えせずに行ける日暮里に「面白そうな店」を見つけた。それは、パン屋の本屋 だった。パンがあってカフェがあって本も並んでいて、風が吹き抜ける緑の中庭もある。

 「私にとっては遊園地みたいに、ワクワクする場所でした。あの空間にいるとなぜか『受け入れられた』という気持ちになれたんです」

店内のベンチは、荷物を置いたりちょっと腰をかけたりできる。

 その頃長島さんは、「LP」と呼ばれる、サイトの入口となるページのデザインを手掛けていた。自宅でのリモートワークが続く中、効率を求められることや子育てとの両立、そして「自分の作ったデザインが、アクセスした人にどう受け入れられたか」が直接わからない仕事に、ちょっと疲れを感じ始めていた。

 「何かを変えたいなと思って、亀を飼ったり猫を1匹から3匹に増やしたりしたんですけど、お世話する対象が増えてしまっただけで。これでは、根本的な解決にはならないなと」

 仕事と並行して個人書店巡りをするうちに、「小さければ私でもできるかもしれない」と思った長島さんは、「本屋になろう」をテーマにした本を読み漁るようになった。ある時、田原町のReadin’Writin’での「お座敷一箱古本市」に足を運び、そこで市川市の古書店kamebooksの吉田重治さんと、出版社営業で出版レーベル・十七時退勤社の橋下亮二さんに、「私も本屋をやってみたい」と思いをぶつけた。

 「すると2人とも『できますよ』って言ってくださって。だからその後、kamebooksのイベント『本八幡屋上古本市』に手持ちの本を持って参加したんです。すると思っていた以上に、たくさんのお客さんが来ていて。でも人の多さ以上に、『本を売る場所って、なんてステキなんだろう』って、嬉しくなったんです」

知り合いの子どもが寄せてくれたお祝いの言葉。見ているとなんだか勇気がわく。

葛飾区内の、新刊書店がない街へ

 本屋をやってみたい。家族に打ち明けると、あっさり「やればいいんじゃない?」とOKが出た。家がある葛飾区内の、本屋がない街に作りたい。2021年の夏頃から場所探しを始めると、京成立石に物件が見つかった。立石には古本屋はあるものの、新刊書店はない。新刊書店をやりたい長島さんには、うってつけだった。

 「やるなら最初から新刊書店と思っていました。あのピカピカした感じや、初めて開く時のペリっとした紙の感覚が好きなんですよね」

 新しい本をめくる時って、まっさらの新雪に足を踏み入れる時に近いですよね。そう言うと、長島さんはうなずいてくれた。

葛飾区の鉛筆メーカー、北星鉛筆が創業60周年を記念して作った「大人の鉛筆」もある。

 両側の壁にある本棚は、片方が一般書、もう片方が絵本メインになっていて、絵本がある側は少しだけ棚が低く作られている。子どもが本に触れる機会を増やしたいと思っているが、絵本側も、絵本オンリーにはしていない。子どもの本を優先するあまり、自分の本が探せなかった経験を活かしたのだ。

 葛飾区内のメーカーが作った文具などの雑貨も置いているが、これも「今までの立石ではなかなかお目にかかれなかったもの」を中心に、セレクトしているという。

 「雑貨って見ているだけで楽しいし、本より単価も低いので、手に取りやすいですよね。そこから会話が生まれることもありますし」

 レジの前には、これまた区内の福祉作業所で作っているクッキーが並んでいる。でも福祉に貢献したいからではなく、「友人にもらって食べてみたらおいしかったし、お菓子ってついで買いしてしまうものだから」選んだと語った。

 店名になっているポテトチップスはないけれど、オープン記念のノベルティとして配ったことはあるそうだ。やっぱり長島さんも、揚げた芋好きですか?

 「好きですねえ。大人も子どもも、そこにあったらついつい食べちゃいますよね。この『深く考えずについ手が伸びる』ようなお店にしたくて、ポテトチップを店名にしたんです」

地元の作業所が作っているクッキー。この日は1種類のみだったが、普段は3~4種類のお味が。

独立系書店の第2世代

 書店員経験はなく、初めて注文した本が届いた時は「本当に来ちゃった……」とドキドキした長島さんだが、本屋を始めて以来、「思った以上にお客さんが来てくれている」そうだ。この日も話していると、既に常連さんだという2人組が来て、注文した本とそれ以外の本を購入していった。

 「わざわざ来るというより、近所の人が通りすがりにのぞいてくれるんです。この間は、立石で60年以上続く古本屋のおじいさんが、『新刊書店ができたって聞いてね』と立ち寄ってくださって。驚いたし、嬉しかった。私がこうして書店を始められたのは、独立系書店を始めた先人たちが、道を切り拓いてくれたからだなあって実感しています」

恐竜好きな長島さんは、ハシビロコウも好きなんだとか。

 個人書店の草分けともいえる、荻窪のTitleがオープンしたのは2016年、長島さんに転機をもたらした場を提供したReadin’Writin’の開業は2017年。それから丸5年が過ぎた現在、彼ら彼女らの店に背中を押されて、本屋を始める人たちが現れている。

 植物が成長していくように、どんどん広がって新しい店ができているのだから、本屋はこの先も決して死なないし、むしろ力強く生きている。2023年もきっと、そんな生きた本屋との出合いがあるはずだ。

 掘っても掘ってもどんどん出てくるじゃがいものように、私が訪ねたい本屋はこれからも、ずっと出てくるに違いない。どうぞ今年も、お付き合いのほどを。

(文・写真:朴順梨)

長島さんが選ぶ、立石から世界につながる3冊

●『いまさら恐竜入門』監修:田中康平、文:丸山貴史、絵:マツダユカ(西東社)

 誰もが知っているけれど、子どもの頃の知識で語られることが多い恐竜。この本は最新の調査に裏打ちされた恐竜の新説をわかりやすく読みやすく伝えてくれる本です。マツダユカさんの恐竜4コマもかわいいながらマニアック。

●『おやときどきこども』鳥羽和久(ナナロク社)

 子を持つ親として、また子ども時代を経験した者として、対話することが生きていく中でどれほど大切かを認識させてくれる本。どこかから取ってきた言葉ではなく、自分の声に向き合おうと思わせてくれます。

●『言葉をうしなったあとで』信田さよ子、上間陽子(筑摩書房)

 アディクション・DVの第一人者である信田さよ子さんと、沖縄の少女たちの社会調査を続けている上間陽子さんの対談。内臓をえぐられるような言葉の応戦により、深く広がってゆく言葉たちに圧倒されます。

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