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伏尾美紀さんの読んできた本たち 国内外の警察小説を読みまくった会社員時代 そして「百年の時効」へ(後編)

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国内外の警察小説を読む

――卒業後はどうされたのですか。

伏尾:就職して車通勤を始めたので、ますます本を読む時間がなくなっていって。お休みの日に読むくらいでした。

 転機になったのは生活の中にインターネットが入ってきたことですね。

 Windows95が登場したのがそれこそ1995年だと思うんですが、その翌年には私もパソコンを買ってネット接続しました。当時はまだ電話回線でつないで、夜だけ安くなるテレホーダイとかがあった時代なんですけれど。それまでは、「こういう本が面白い」とか「これはあなたの好みかもしれないよ」という情報って、友達から聞いたり、実際に書店に行って本の中を見たり、その本の中に挟んである新刊情報をまめにチェックするくらいしか知る術がなかったんですよね。でも、検索エンジンに自分が好きそうなアクションとか警察といった言葉を入れて検索すると、当時そういうものが好きな人が作ったホームページがいっぱいヒットしたんですね。そこから自分の世界が広がったというよりは、より自分の好みを深堀りする方向にいきました。それまでは「これが警察小説なんだ」といった意識はあまりなく雑多に読んでいましたが、調べているうちに、「自分は刑事が主人公だったり、捜査の主体が警察だったりする小説が好きみたいだぞ」と分かってきたんです。それで検索すると、ちゃんとそういう作品をお薦めしてくれるページがあるんですね。

 ネットを使うようになる前の、何を読んだらいいんだろうと思っていた時代に、1冊だけものすごく印象深い本があって。『ハリウッドの殺人』というタイトルで、図書館で借りた本でした。単にタイトルに「殺人」とあったので事件ものだと思ったし、あらすじを読んだら刑事が出てくるので、何の気なしに借りたんです。アメリカのハリウッドを舞台に殺人事件が起こって殺人課の刑事が捜査をする話なんですが、冒頭30ページくらい捜査が始まらないんです。その間にハリウッド署の殺人課や風紀課、パトロールなどの警察の日常が事細かく描写されていく。さらに、主人公は殺人課の二人組の刑事なんですけれど、それ以外の刑事たちが追っているポン引きと売春婦の揉め事だったり薬物の問題だったりも羅列されて、なかなか肝心の殺人事件の捜査が進まないんです。それが私の中ではすごく新鮮で、「あ、こういうのが読みたかったんだ」と、その時はじめて気づきました。図書館から借りて返却期限まで何回か読み返して、返した後しばらくしてからも、なんかやっぱりあれが好きだな、と思って。

 この人の他の本を読みたいと頭の片隅で思っていたんですが、『ハリウッドの殺人』というタイトルは憶えていたのに、著者のジョゼフ・ウォンボーという名前が思い出せなくて。パソコンを買って検索できるとなった時に、『ハリウッドの殺人』で検索したら、ちゃんとジョゼフ・ウォンボーを愛好している人のページがヒットして、他の作品も分かったんです。ただ、分かった時点でもう新刊がなくて、ほぼほぼ古本で探すしかない状況でした。それでも、古本屋さんも「こういう本があります」とホームページを作って情報を載せてくれていたので、丹念に探してまず『ハリウッドの殺人』を買い、次にジョゼフ・ウォンボーの最高傑作と言われている『センチュリアン』を買って。『センチュリアン』は群像劇で、とにかくパトロール警官しか出てこなくて、いくつもの事件や問題が並行して語られていく警察官小説で、これも本当に面白くて。そこからジョゼフ・ウォンボーにはまったので、なんとなく、ここが自分の原点かなという気がします。それまでにも警察小説は読んできたけれど、もう一歩深く警察小説にはまるきっかけになったので。

――そこから、他にどんな警察小説を読まれたのですか。

伏尾:ヒラリー・ウォーにすごくはまりました。やっぱり『失踪当時の服装は』ですね。あとは『事件当夜は雨』とか『生まれながらの犠牲者』とか。このあたりは本当に夢中になって読みました。ウォーはウォーでウォンボーとはまったく違うんですよね。ウォーの場合は、ひとつの事件に対する捜査の過程をものすごく緻密に描いていて、これはこれで本当に面白くて。特に『失踪当時の服装は』は、警察小説の面白さが詰まっていますよね。女子大学生が恋人と喧嘩して単なる気まぐれでふらっとどこかに行っただけじゃないか、というところから、警察が丹念に丹念にその女子大学生のまわりを調べていって、最後に真相にたどり着く。ウォーは結構昔の人ですけれど、あの時代にもうこんな小説を書いていたんだと思うと、ちょっと驚きがありました。やっぱりウォーは好きですね。

 それと、さきほど映画しか観ていない時期があったという話をしましたが、そこから小説に繋がったものがいくつかあって。そのひとつが「L.A.コンフィデンシャル」という映画でした。これはジェイムズ・エルロイ原作だということを知らず、私の大好きなジャガイモ系のラッセル・クロウが出ているので観に行って(笑)、映画自体がすごく面白かったのでエルロイの原作にいきました。エルロイの「暗黒のL.A.」四部作は順番からいくと本当は『ブラック・ダリア』、『ビッグ・ノーウェア』、『L.A.コンフィデンシャル』、『ホワイト・ジャズ』なんですが、私は『L.A.コンフィデンシャル』を読んでから『ブラック・ダリア』にいき、エルロイにはまりました。ウォーやウォンボーとはまた全然違うんですよね。エルロイの場合は警察小説と言っていいのか分からないんですけれど、暴力とエロティシズムがあり、警察官ではあるけれど必ずしも正義感が前面に出てこなくて、常に当時のL.A.の暗黒部分と表裏一体になっている世界観があって。こういうのも好きかも、と思いました。自分にはちょっと暴力系のものが合っているのかなと思って、次に手を出したのが、ジャック・ケッチャムでした。最初に『オフシーズン』と『襲撃者の夜』を読んで、あ、これ面白いと思って。やっぱり私にはこういうのが合っていると思って『隣の家の少女』を読んで、撃沈でした。

――撃沈しますよね......。

伏尾:読まなきゃよかったって思った小説はこれが人生で初めてでした。でもケッチャムは大好きで、『隣の家の少女』以外は本当に大好きなんですけれど。

 その前あたりから、系統はちょっと違うけれどスティーヴン・キングもちょこちょこ読んでいたんです。キングも映像化された作品が非常に多いですよね。「キャリー」、「シャイニング」、「ペット・セメタリー」、「炎の少女チャーリー」(原作のタイトルは『ファイアスターター』)、「クリスティーン」...。映像化されたキングの作品はほぼ観ていて、なんとなくそれで満足してなかなか小説までは手を出していなかったんです。でも、中学の時とはまた違う友達なんですが、キング大好きな友達が『デスペレーション』だったかな、それを貸してくれて、それが本当に面白くて、そこから『IT』や『ミザリー』なども夢中で読みました。やっぱり私は、誰かが「これ面白いよ」と言ってくれる人がいたほうがいいみたいですね。自分からだとなかなか新しいジャンルは開拓しないので。

――さきほどおっしゃっていた、メフィスト賞好きなお友達に舞城王太郎を薦められたのもこの頃だったのですか。

伏尾:ああ、そうかもしれません。今回、自分の読書履歴をさらっていて、自分は本を薦めてくれる人がいないと途端に読まなくなるんだと分かりました。まあそうだよなと思うのは、「これ面白かったよ」と言われて読んで、「面白かったよ」「あそこの部分が...」と、人と話すのがまた楽しいんですよね。自分にとっての読書の喜びはそこにあるのかもしれません。私もウォンボーを見つけた時に、興奮のあまり友達に喋りまくった記憶があります。

――読んだ本が面白かった時、もはや「面白かった!」という感想しか出てこない時ってないですか。

伏尾:そうなんですそうなんです。言語化が難しいですよね。

――なので、どんなふうにお友達に語られたのかな、と。

伏尾:たとえば、自分にとって印象深かった場面のあらすじをばーっと話す、みたいな感じですね。『ハリウッドの殺人』でいうと、主人公と主人公のパートナーの刑事、この二人の関係が非常に素晴らしくて。主人公は仕事のストレスがあって、下半身のほうが今役に立っていない状態なんですね。つねに何かに悩んでいて、読者からすると、いちばん危ういのはこの主人公なんじゃないかという気持ちになるんです。でも主人公はパートナーのほうを心配している。パートナーは普通に振舞っているし、見た目も格好いいし、能力もある。表面上は何も悩みがないように見える刑事なんだけれども、実は奥さんとの離婚問題を抱えていて、かつ、これまでのさまざまな事件のストレスが見えない部分で彼の心を病ませていることを、パートナーである主人公だけは知っているんです。それで、お互いに心配しあうんですね。押しつけがましくない、さりげない心配なんだけれど、長年パートナーとして仕事してきた者同士だけが分かる阿吽の呼吸みたいなものが全編に流れていて。そこがこの物語の私が推したいポイントなので、その部分を熱く語るんです。

――読みたくなります。ところで、日本の警察小説は読まれましたか。

伏尾:20代くらいまでは翻訳ものばかり読んでいたんですけれど、30代に突入してから日本のものもかなり読むようになりました。髙村薫さんの『マークスの山』や『レディ・ジョーカー』あたりを読んでシリーズにはまったことがきっかけですね。そこから大沢在昌さんの『新宿鮫』シリーズとかを読みました。大沢さん作品で私の一押しは『北の狩人』の「狩人」シリーズなんですけれど、それは『新宿鮫』の後に知りました。あとは警察小説ではありませんが、馳星周さんの『不夜城』とか、黒川博行さんの『疫病神』シリーズも好きで。これはたしか、親が先に買って読んでいて、「面白い」と薦められて読んではまったパターンです。あとは藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』。これもめちゃくちゃ夢中になって読んで、すごく記憶に残っています。

 それと、横山秀夫さんにも本当にはまりました。横山さんの作品は普通の捜査小説というよりは内勤の人たちを主人公にしていたりしますよね。いちばん好きなのは短編集の『第三の時効』で、あれは捜査一課の刑事たちがもうめちゃめちゃ陰険で、ライバルの足を引っ張って俺が手柄を取るぜ、みたいな感じで、それでいてちゃんと事件も解決するという。今までの警察小説にはなかったパターンで、すごく好きです。

――その頃、ご自身で小説を書こうとは思っていなかったのですか。

伏尾:日本の方々の小説を読んでいる頃に、頭の片隅で小説家になりたいな、みたいなことは思いました。でも、「いつか」という感じで、なにも行動には移しませんでした。やっぱり読んでいるものがすごすぎて、こうしたものを超える投稿作を書かないことにはデビューなんてできないと思うと気後れして。最初の一行も何も書かないまま、ただただ「いつかなりたいな」くらいの漠然とした思いを抱えて日々を過ごしていました。

――読書記録はつけていましたか。

伏尾:それが、つけていないんですよ。つけていたほうがいいなとは最近特に思っていて。今回も、読んだ記憶はあるのに中身が思い出せないものが本当にたくさんあることに気づきました。記録をつけていると振り返りにもなるし、記憶の定着にもなるのでいいよなと思いつつ、できていないんですよね。

ノンフィクションと冒険小説

――その後、読書生活に変化はありましたか。

伏尾:ぱたっと小説が読めなくなる時期がきました。たぶん仕事のストレスだったんだと思います。仕事が忙しくなると、読んでいる小説が面白ければ面白いほど没入して、そこから抜けたくなくなるというか。せっかく本の世界に没入してこの世間の嫌なこととか全部忘れていたのに、また明日から会社に行って仕事をしなきゃいけないのが耐えられない、みたいに思って、小説が読めなくなった時期があったんですよね。

 ただ、その頃も読むこと自体は嫌ではなかったので、めちゃめちゃノンフィクションを読みました。それが今すごく役に立っています。というのも、その時になぜかヤクザの実録ものにはまったんです。それこそ『仁義なき戦い』とか、溝口敦さんの『武闘派 三代目山口組若頭』とか。ヤクザの世界を書いたノンフィクションで新刊が手に入るものは新刊で買い、古本でしか手に入らないものは古本で買って、片っ端から集中的に読んだ時代がありました。のちに柚月裕子さんが『孤狼の血』を書かれた時に、「あ、これ私も知ってる」みたいな箇所があって、たぶん参考資料として同じものをお読みになったんだろうなと思いました。私も『百年の時効』でヤクザの抗争をちょっと出す時に、頭の片隅に当時読んだものが残っていたので調べものがすごく楽でした。あの時代に読んでおいてよかったなとつくづく思いました。

――なぜそこまではまったのでしょう。

伏尾:私が若い頃は本当にヤクザの抗争が頻繁にニュースで取り上げられている時代でしたが、私は北海道に住んでいてそういう抗争が間近にある状況ではなかったので、フィクションの世界に近い感じで受け止めていたと思います。それで、これは横山秀夫さんの警察小説にも通じるんですが、私は組織の中のゴタゴタを読むのが大好きなんですね(笑)。ヤクザの世界も結構ゴタゴタしていて、山口組内でも組長の座を狙ってしのぎを削るところで暴力ではない駆け引きがかなりあり、相手を出し抜いたりはめたりしているんです。一種の組織小説として読める部分があったので、そこにはまったのかなと思います。

――その後、小説はまた読むようになったわけですよね。

伏尾:はい。一時期、冒険小説にはまった時期がありました。たぶん、ヤクザものにはまって、そうしたアクション系から冒険系に流れたんじゃないかなと思うんですけれど、船戸与一さんの『猛き箱舟』とか、『砂のクロニクル』とか。印象的だったのがボブ・ラングレーの『北壁の死闘』で、それで山岳ものに興味がわいたんですが、山岳小説にいかずに山岳もののノンフィクションにいきました。それですごくはまったのが、1996年にエヴェレストで大量遭難が発生した事件を扱ったものでした。当時はお金さえ払えば誰でもエヴェレストに登れるような、商業的な登山が盛んだった時代で、それで大量の遭難者を出してしまったんです。亡くなったのは主にアメリカ人で、その時登山に参加していたアメリカ人ジャーナリストのジョン・クラカワーが後にそのことを『空へ エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか』というノンフィクションにまとめたんですね。当時これを読んで、私の中ではなんとなくジョン・クラカワーさんが言っていることに違和感があったんです。彼は顧客として登った人だから被害者意識もあるし、誰かを悪者にしたいのは仕方ないのかもしれないけれど、ちょっと論調が一方的すぎるなと感じました。その次に見つけたのが、『デス・ゾーン8848M エヴェレスト大量遭難の真実』という本で。これは大量遭難者を出した時にガイド役を務めていたアナトリ・ブクレーエフさんというロシア人の登山家側の話なんです。この人はクラカワーさんの『空へ』の中で、お前が戦犯だ、みたいな感じでものすごくけなされているんですね。お前がしっかりしていればあんなに遭難者は出なかった、くらいなことを言われた人なんです。それに反証する形で、ブクレーエフさんの話したことを別のジャーナリストが一冊の本にまとめたのが『デス・ゾーン8848M』です。それを読んだら、私がジョン・クラカワーさんの本に抱いた違和感みたいなものが、全部解決されたというか。ブクレーエフさんのお話を読むと、彼のほうが誠実な印象なんです。当時エヴェレスト登山が商業まみれになっているなかでブクレーエフさんはちゃんとプロ意識をもって、最後まで遭難者を救おうと尽力したけれど果たせず、生きて帰ってくるんですけれど。その時に日本人の難波康子さんという女性登山家も亡くなられたんですが、ブクレーエフさんはその最期に立ち会っているんですね。自分も危険な状態で難波さんの遺体を下ろすことができず、それを後悔して後にまたエヴェレストに登って難波さんの遺品を持ち帰って遺族に渡した、というところまで書いてあって。ブクレーエフさんとクラカワーさん、どちらを信じますかという話になったら、私は断然アナトリ・ブクレーエフ派だな、と思いました。

――ジョン・クラカワーって、『荒野へ』の著者のあの人ですか。

伏尾:そうですそうです。優れたノンフィクションを書いていて、割と好きなジャーナリストではあったんです。ノンフィクションって、だいたい当事者の片側の視点から書かれた本しかないので、同じ事故をふたつのサイドから見たものが読めたのは、貴重な読書体験だったなと思います。ただ、クラカワーさんのほうが名前があるので、『空へ』は今も売っているんですけれど、『デス・ゾーン8848M』のほうはもう古本でしか手に入らないんですよね。

作家デビュー&執筆に影響を与えた作品

――ご自身で小説を書き始めるのはもっと先になりますか。

伏尾:投稿しようと思ってはじめて最初から最後まで書き上げたのが40代でした。それで一回BLでデビューしたことがあります。「BLってこういう感じでしょう」と表面上の知識で書いたものが賞をとってしまって。デビューしたのはいいけれど、恋愛ものばかり求められて書けなくなってしまいました。ラブを抜かしたらBLじゃないって分かっていたはずなのに、自分の底が浅さかったんです。

 その時に、自分が髙村さんとかを読んでいた時に漠然と作家になりたいと思ったのは、やっぱりミステリ作家になりたいということだったんだなと気づきました。それで、一回挫折したけれど、今後もしチャレンジするんだったら、自分が本当に書きたいジャンルでチャレンジしなくては駄目だと思いました。でも、傑作が書けない限り新人賞に応募するなんて無理だという気持ちはまだ残っていて、なかなか一歩を踏み出せなかったんです。そうしているうちにコロナ禍になり、緊急事態宣言が出されて、街から人がいなくなったのを見た時に、あ、やっぱりここでなにかしなくちゃ駄目だって、追い込まれたような気持ちになって。で、別に最高傑作でなくても、読むのは関係者だけなのでいいや、という気持ちで警察小説を書き上げました。

――それが2021年に江戸川乱歩賞を受賞した『北緯43度のコールドケース』なんですね。札幌郊外の倉庫から発見された女の子の遺体が、5年前の誘拐事件の人質と同一人物だと判明。当時、容疑者は逃走中に死亡し人質は行方不明のままだった。この5年間少女はどこにいたのか、なぜ今になって殺されたのか...という。北海道県警の沢村依理子が捜査に加わったところ、思わぬ展開が待っています。これがはじめて書かれた警察小説だったということに驚きます。

伏尾:本当に巡り合わせというか、いろんなものの結果そうなったのかなと思います。後から自分が書いたものを読み返した時、やっぱり横山さんや髙村さんを意識して書いているなと感じました。自分はやはり横山さんのような組織のギスギスしたところを書きたかったんだなとか、一人で捜査する一匹狼ではないけれど、警察組織から疎まれつつも事件解決に邁進する刑事を書きたかったんだな、といったことが分かるというか。これまで読んできた警察小説のエッセンスを継ぎ接ぎしながら書き上げて、どうにか形になりました、というところですね。

――警察小説を書くとなってから、警察組織について調べられたわけですか

伏尾:これもヤクザのシリーズと一緒で、これまで読んできた事件もののノンフィクションの中で役に立つものがありました。たとえば北海道警といえば警察幹部が裏金を作っていたというスキャンダルと、あと稲葉事件という有名な事件があるんです。ヤクザから回収した拳銃の数をノルマにして競わせる内部体制があって、その中で抜群の成績を収めていた稲葉という刑事が実はヤクザと癒着していて、わざと拳銃を提出させ、それを実績としてカウントしていたという。プラス、彼と彼の愛人の警察官は覚醒剤をやっていたという、ものすごいスキャンダルがあったんです。それを曽我部司さんという方が、『北海道警察の冷たい夏』というノンフィクションにまとめていて、そこに警察内部の詳しい描写がいっぱいあって。階級とか、キャリアとノンキャリアの違いみたいなものも、こういう本から少しずつ学んでいました。その後、佐々木譲さんの道警シリーズが始まるんですけれど、佐々木さんはこの裏金問題と稲葉事件を扱って『笑う警官』を書かれているんです。ここでも道警内の詳しい事情が書いてあって、それが頭の片隅にありました。

 あとはそうしたものに書かれていない部分や、足りない部分、あるいは確認したい部分を調べればいいだけなので。元警察官とか元刑事だった人たちが結構ホームページで情報発信していて、検索エンジンに投げるとそれらが引っかかってきてくれたので、そこで情報を補完しながら書いていきました。

――主人公の沢村依理子は、博士号を持ちながら30歳で警察官となったノンキャリの刑事です。彼女の人物像はどのように作られていったのですか。

伏尾:私はわりと、一場面がふっと頭に浮かんで、それを小説の中に書きたいなというところからスタートすることが多いんですね。『北緯43度のコールドケース』の時は、最後の取り調べのシーンを書きたいというのが最初にあって、そのためにはどういう物語にすればいいかを考えました。最初は沢村を20代でキャリア4、5年という若い設定で考えていたんですね。誉田哲也さんの『ストロベリーナイト』シリーズの若い天才的な女性刑事みたいな主人公をちょっと意識していました。でも、警察関係のノンフィクションなどで調べれば調べるほど、取調官はある程度実績のある人じゃないとできないと分かってきたんですね。主人公に取調室に入ってもらうには、もうちょっと年上にしたほうがリアリティがあるなと思いました。でもたとえば38歳にすると、彼女のこれまでの警察官人生を物語の中に落としこまないといけない。その場合、過去の大事件を解決したあの沢村、みたいなキャラにするのがいいのかどうか悩んで、もういっそのことそういうのは取り払うことにしました。ノンキャリアの中でもちょっと学歴の高い人は、最初の現場まわりなどをスキップさせて本部で大事に育てる、みたいな話を何かの記事で読んだことがあったので、そういうポジションに置けばノンキャリだけど階級もある程度高く、かつ取調室に入っても違和感がないキャラにできると考えました。

 当時、ちょうどニュースで大学院生がアカハラで教授に論文を受け取ってもらえずに自殺する事件が取り上げられていて、それも印象に残って沢村像が出来上がった感じです。

――当時、ノンフィクションの『高学歴ワーキングプア』も読まれたそうですね。

伏尾:あ、そうですそうです。あれは小説を書くために大学院の実態をもうちょっと知りたいなと思っていた時に、ちょうど話題になっていた本でした。読むとかなり実態が分かってきたので、沢村ではなくその元恋人が、博士課程までいったけれど......みたいな部分を作りました。

――取調室の光景が先に頭にあったということは、未解決事件を扱うことになったのは、たまたまだったのですか。

伏尾:投稿作を書く時に、取調で沢村が犯人の矛盾をついて自供させるという構想はできていたんですけれど、どんな事件にするかはあまり具体的に考えていなくて。なんとなく誘拐事件がいいかなとは思ったんですけれど、現代において誘拐事件は果たして成立するのかなと考えると、現在進行形の誘拐事件はちょっと厳しいかなと思い、過去の事件を沢村が解決するのはどうだろう、と。それこそポアロの『象は忘れない』じゃないですけれど、当時の関係者の話を聞いて、真相や犯人を推理していくほうが、『北緯43度のコールドケース』には合っているのかなと考えました。

――沢村が警察という男社会の中で男性と張り合うというより、ぐっとこらえる姿がめちゃめちゃ沁みました。

伏尾:張り合っている女性主人公はもちろん凛々しくて、物語によってはいいキャラになると思うんですけれど、自分の中で、読んでいてストレスになる時もあって。たまに、「そんな全方向に喧嘩売らなくてもいいんじゃないの」と思うこともあったので。ストレスになるキャラは自分でも書きたくないので、沢村は同僚から何かの仕打ちを受けても、「そこではまだ切れません」みたいなキャラにしようと決めていました。それで、ここぞという時にはバシッと言うという。

――そこが絶妙で。まわりの男性も、「どうせお飾りなんだろう」って思っているのかもしれないけれど、それを表に出さずになんとなく遠巻きに見ている感じがリアルでした。

伏尾:そのあたりは、自分もずっと会社勤めをしてきたなかで、今、ポリコレとか男女平等とか言われているのに「お前女のくせに」みたいな反応を示す男性は逆に異質だったんですよね。そういう人のほうが「あの人ちょっとおかしいよね」と思われる人だなというのが実感です。あからさまに誰かを差別する人は同性の中でも浮いているし、会社組織でも扱いづらいし、怒らせると面倒だからあの人の前では従ったふりしとこうぜ、みたいな感じでした。今の時代、いくら警察が男性社会の縦社会といっても、そこまであからさまにやったらさすがに出世に響くでしょうと思い、沢村の周囲もああいう人物像にしました。

――続編の『数学の女王 道警 沢村依理子』では沢村は捜査一課の班長になって、中間管理職の悩みも出てきますね。札幌に新設された大学で爆破事件が発生し、沢村たちが捜査を始めますが、公安の横やりが入ったり、班の中にスパイがいる疑惑が生じたり...。

伏尾:『数学の女王』を続編にする時に、沢村の立ち位置をどうするかはちょっと悩んだんですけれど、結局、少なくとも捜査一課にいてくれないと動きのある物語にできないな、となって。かつ、立場的に平の刑事にはなれないので、あんまり経験はないんだけれども学歴が高いから管理職になってしまって、周りの人からの「どこまでできるかな」みたいな視線を感じながら働いていくことになりました。

――一課で育休をとる男性が出てきたりするのも新鮮でした。

伏尾:本当は今の時代も一課にいたまま育休をとるのは難しいようなんですが、思い切りました。書く側の事情でいうと、あの刑事さんが物語の中にいると沢村のポジションがないので、彼をどこかにやるしかないというのがあって(苦笑)。で、育休ということになりました。

――警察組織の印象深いキャラクターもいろいろいるし、時間が経過していくシリーズということで第三弾を楽しみに待っていたら、その前に同じ講談社から『最悪の相棒』が出ましたね。

伏尾:当時「北緯」を担当していた方から、「北緯」も評判が良いのでシリーズで書いていってほしいけれど、"「北緯」だけの人"という印象になってしまうのはよくないと思う、みたいなことを言われたんです。「次作は違うものを書いたほうがいいと思います」と言われ、私自身もたしかにそうだなと思い、またがらっと違う警察小説にしました。

――花園警察署の刑事、広中承子にとって警視庁捜査一課の潮崎格は因縁の相手。潮崎が少年の頃に彼の姉がストーカーに殺される事件があり、当時犯罪被害者支援室にいて彼の面倒を見たのが承子の亡き父親だったという。承子は、父は潮崎に寄り添いすぎたため心身に不調をきたして亡くなったと考えています。でも警視庁捜査一課に発足した「犯罪被害者家族心理分析班」に異動が決まった承子は、潮崎とタッグを組むことになる...。こちらもシリーズ化の予感がします。

伏尾:最初に『最悪の相棒』のプロットを書いた時は、もっとエピソードがいっぱい詰まっていたんですが、多すぎるのでだいぶ削ったんです。使っていないエピソードが結構あるので、シリーズ化してそれらを使いたいなと思っています。

――これはとある団地の中で起きるいろんな出来事に対して、承子が同時進行的に対応していくことになります。別々の問題だと思われたものが実は繋がっていたりして、意外性がたっぷりでした。

伏尾:これまで名前を挙げるタイミングがなかったんですけれど、私はR.D.ウィングフィールドのフロストのシリーズがすごく好きなんですね。『クリスマスのフロスト』とか。同時多発的にいろんな事件が発生して、ひとつのところに集約していくものもあればしないものもあるという、あのタイプの小説をやりたい願望がずっとあったんです。ただ、『最悪の相棒』は最初からそれを意図していたわけではなく、結果としてそういう形になりました。

 最初は連作短編にしようと思っていたんです。3作目なのでいろんな挑戦をしてみたくて、舞台を警視庁に移して、刑事を男女バディにして、連作短編にしようと思ってプロットを出したんです。ただ、連作短編にするとひとつひとつの短編の完成度をある程度揃えなきゃいけないという課題があって。短編によって偏りが出てきてしまうなと思って、担当さんと相談して、長編の中にひとつひとつのエピソードを落とし込んでいくことにしたので、結果的にああいう形になったんです。今後、最初から狙って『クリスマスのフロスト』をやりたいなという願望はあります。

大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞受賞の『百年の時効』

――第4作目となる『百年の時効』は本当に大きな挑戦だったのではないでしょうか。現時点で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞を受賞されていますが、これがもう素晴らしかったです。

伏尾:ありがとうございます。順番では第4作目なりましたが、執筆期間は『最悪の相棒』と被っているところがありますね。2作目の『数学の女王』の目途がほぼ立ったあたりから、幻冬舎の担当者さんと長編のプロットのお話をさせていただいていました。つまり実績としては1作目の『北緯43度のコールドケース』しか出ていない時なんですよね。それしかない作家に、よく長編を書かせようと思いましたね、という話をすると、「プロットを読んで面白かったので大丈夫だと思いました」みたいなことを言ってくれるんですけれど、それにしたって...と思って。きちんと物語を締めくくれるか分からないところからのスタートだったので、本当によく思い切ってくれたというのが、今書き終わってからの感想です。

――物語の始まりの時は令和。一人の男の遺体が見つかったアパートに臨場した28歳の刑事、藤森菜摘はその後、上層部から50年前の未解決事件の資料を託される。それは昭和49年に起きた、夫婦と幼い娘が惨殺された未解決事件の資料で、アパートで見つかった遺体の男は容疑者の一人だった...。そこから昭和編へと移り、平成編、令和編と、刑事たちがバトンタッチしながら執念で捜査を続けていく姿が描かれる。長編を書きませんかというお話があった時に、どういうものが書きたいとお話しされたのでしょうか。

伏尾:最初に捜査ものが書きたいとお伝えしていました。昔ながらの足で捜査するものが書きたかったんですけれども、現代はDNA鑑定や防犯カメラなどを使った科学捜査が発達しているので、刑事の捜査を小説として描くのがなかなか難しくなっていて。だったら時代を昭和にすれば、昔ながらのコツコツとした捜査が書けるかな、というところが出発点でした。でも昭和で物語を終わらせてしまうと、ただの過去の一場面のお話で終わってしまうので、だったら過去からずっと引きずっている未解決事件を現代で解決するのが、物語としては美しいし格好いいだろう、というところでプロットを作りました。

――「砂の器」の丹波哲郎をイメージしていたのは、昭和編で捜査に携わる刑事、鎌田のことですよね(笑)。

伏尾:最初は鎌田のポジションに来るキャラが丹波哲郎で、彼と組む湯浅はもうちょっとやんちゃな感じにしようと思っていたんです。でも結局湯浅が落ち着いたキャラクターになったので、丹波哲郎のあのキャラだとどちらも思慮深いタイプになってしまうなと思って。昭和編は二人の会話で物語が進んでいくところもあるので、丹波哲郎を捨てて今の鎌田のキャラクターにしたところ、話がうまく回り始めました。

――昭和編、平成編、令和編と、時代を進行&錯綜させながら組み立てていくのは大変だったのではないですか。

伏尾:プロットの段階で昭和編、平成編、令和編という三つの大きな時代で分けて書くことは決めていました。物語を読んでいてストレスなく次の時代に入ってもらうには繋ぎの部分をどうするか、どのようにバトンタッチをしていくかの部分は最後のほうまで直した記憶があります。

 それと、平成編がなかなか膨らまなかったんですね。昭和編は事件が発生するので深く書けるし、令和編は解決編で、その間をつなぐ平成の物語をどうするかはかなり考えました。時効が成立しない要件として、犯人が海外へ逃亡していると時効が停止するので、思い切って犯人を海外へ逃亡させて刑事に追わせようかとも考えたんですが、全体を通してみた時にそこだけ浮いてしまうし、海外に逃亡している間は時効が成立しないのはあまりにも手垢がつきすぎた案なのでやめました。その後、平成編に出てくる刑事の草加は読者がそこまで意識を集中しなくてすむ個性の薄いキャラクターにして、その代わり彼を取り巻く環境に平成ならではものを持ってくることにしたあたりから、草加も動き出して平成編も膨らんでいきました。

――登場する人たちの人生模様がひとつひとつ浮かび上がってくるところと、捜査が時代を超えて受け継がれていくところに圧倒されました。最後は胸熱でした、本当に。

伏尾:ありがとうございます。登場人物に関していうと、最初にプロットでかっちり決めたキャラクターって、意外と小説の中でうまく回らないんですよね。書き始めて、なんとなくこっちのほうがいいんじゃないかと思って書いたキャラのほうが、存在感が増していくところがあります。特に脇役は、プロットの段階では名前と年齢くらいしか決めていないキャラが結構いたんですけれど、いざその場面に登場させてカギカッコで台詞を喋らせると、そこにちゃんと個性が乗ってきてくれる感じがありました。キャラは場面にあわせて確立されていくんだというのは、今回書いてみて発見でした。

――地下鉄サリン事件など、実際にあった事件や出来事の絡め方も読みごたえがありました。

伏尾:ありがとうございます。この百年史を書きながら過去の事件を振り返って、わりと同じような時期に大きな事件が立て続けに起こっていたんだなと思いました。自分も生きていた時代ですけれど、昭和は科学も今ほど発達していないし防犯カメラもないし、玄関にきっちり鍵をかける習慣がないところもありましたし、事件が発生すると迷宮入りしやすい時代だったんだな、って。ちょっと不適切な言い方ですが、物語にしやすい時代だったのかなと思いました。

――時代の変化にあわせて、警察の捜査方法の変化もよく分かりました。吉川英治文学新人賞の選評でも大沢在昌さんが「警察小説であると同時に、警察史小説にもなっている」と書かれていましたね。

伏尾:一応、DNA鑑定はいつからなのかなとか、指紋はいつから自動識別になっているのかなども調べたんですけれど、これも本当に、これまで読んできたノンフィクションの内容が頭の片隅に残っていたんです。タイトルは忘れてしまったんですけれど作中にも登場する府中の三億円事件についても、過去に読んだ本の中に、当時は指紋を自動で識別する機械がなかったので鑑識員が数名で手分けして、すごい時間をかけて指紋を照合していった、みたいな情報があったと記憶していたので、あとはそれをネットで検索すればいつから自動識別になったのか年代は分かりました。これまで読んできたノンフィクションの知識が、ここでもまた役に立ちました。

――警察小説史に名を残す作品だと思います。

伏尾:ありがとうございます。本当にそうなれたら嬉しいです。

最近の読書と今後の予定

――ところで、今も会社勤務のお仕事は続けてらっしゃるんですか。

伏尾:いえ、今は辞めて、小説一本でやっています。

――では、一日のルーティンは決まっていますか。

伏尾:だいたい決めて守るようにはしていて、基本的に午前中に執筆作業はするようにしています。だいたい午後2時くらいまでが集中力の限界で、2時を過ぎると集中力ががくっと下がるんです。2時から4時くらいまでが極端に集中力が下がる時間帯で、そこで無理して執筆しても結局よくない文章で書き直すことになるので、もう開き直ってゲームをしたりテレビを見たり、YouTubeを見たりしています。4時すぎから少しずつ集中力が上がってくるので、ゲラがあればその作業をしますし、ゲラがなければ新作に向けてのアイデア出しやプロット作りをやって、夕食後は1、2時間くらいまったりして。で、夜寝るまでの1、2時間はまたちょっとだけ集中力が上がるので、執筆をしたり、プロットを作ったりしますね。だいたいこれを毎日続けるという目標で頑張っています。

――自分の集中力が上がる時間帯を把握されているんですね。

伏尾:最初は全然分かっていなくて、一日中机に向かってがむしゃらに何か書いていなきゃいけないという強迫観念に駆られた時もあったんです。でも、1、2年経つと、やっぱり集中力が落ちた時間帯に書いたものは読み返したら本当に駄目だなっていうのが分かってきたんです。よくよく考えたら、会社員だった時も午後になると眠気との闘いだったので、結局変わらないんだなって。ただ、今は会社員の時と違って事情が許せば自分で時間をコントロールできるので、集中力が途切れないようにお昼ご飯の時間を後ろにずらしたりもしますね。

――デビュー後の読書生活はいかがですか。

伏尾:『ストーンサークルの殺人』から始まるイギリスのシリーズを面白く読んだりはしているんですけれど、最近は100%趣味の読書ができなくなってしまって。やっぱり自分だったらここでこういう展開にはしないなとか、私だったらこういうキャラクターにするな、みたいなことを考えてしまいます。

 デンマークの『特捜部Q』シリーズなど北欧の警察小説を読み漁っていた時期もあるんですけれど、それも好みが固まってから読み始めているので、読んで何か新しい発見をしたという部分はあまりないというか。ただ、北欧の作品は、何か事件が起こって捜査員たちが追いかけていくと、真犯人と一緒に隠された歴史の暗部も明るみに出る、というパターンが結構多いんです。そこまで北欧の歴史に詳しくないので、「そういう歴史があったんだな」という気づきはありますね。それと、『特捜部Q』のシリーズでは主人公の相棒がシリアから亡命してきた人なんですが、シリーズ序盤は過去が謎に包まれているんですね。主人公との掛け合いは軽いタッチで描かれているんですけれど、その根底には過去の暗い秘密があるという描き方がうまいなと思うんですが、日本では主人公サイドでこういう国際問題と絡めたお話は難しいんですよね。今の日本の警察の場合は、日本国籍を持っていて、基本的に本人だけでなく親族にも犯罪歴がない清廉潔白な人しか警察官になれない。言い方が適切ではないんですけれど、国際問題や歴史と絡めて過去に何か暗い秘密がある人を警察小説の主人公にできるとバリエーションが広がるな、と思うことはあります。

――今後の刊行等のご予定はいかがですか。

伏尾:8月に光文社から『誰何(すいか)』という警察小説を刊行する予定です。10月には小学館から新刊を出します。それと、双葉社さんで連載している『夜が眠りにつくまえに』があと数回で連載が終わって、単行本化に向けてゲラ作業が始まるんですけれど、刊行は来年になると思います。

――沢村の第三弾も首を長くしてお待ちしております。大好きなので。

伏尾:ありがとうございます。幸いなことに『百年の時効』を出してから、本当にいろんな出版社からお声がけいただいて、先のほうまで予定が詰まっていて...。なのでまだ具体的なことは決まっていませんが、私も沢村は大事にしていきたいシリーズだと思っています。

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伏尾美紀さんの読んできた本たち 明智小五郎への初恋から始まった警察小説への道(前編)