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沖縄戦と現代世界 「細部」を求め、尊厳回復を思う 若林千代

沖縄戦の戦没者24万人超の名前が刻まれた「平和の礎(いしじ)」に手を合わせる人たち=2025年6月22日、沖縄県糸満市

 年明けの頃、人づてに1人の女性が訪ねてきた。テルアビブから来たと言う。文学を学んだ彼女は、終わらない戦争に苛(さいな)まれ、国を出た。今はアジアの小都市に仮住まいしていると言う。そこで、沖縄のことを耳にしたのだと。

家族はもう誰も

 一緒にお茶を飲むうち、アダニーヤ・シブリーというパレスチナ出身の作家による小説『とるに足りない細部』(山本薫訳、河出書房新社・2200円)に話が及んだ。ある強姦(ごうかん)殺人をめぐる物語。イスラエル建国直後の1949年、ガザ近くのイスラエル軍の宿営地で事件は起きる。小説の前半は、殺人に至る将校の行動を追っている。後半は、1人のパレスチナ女性がこの事件に関するイスラエルの新聞記事を読み、そこに欠けている「細部」を求め、危険を冒して現場を目指す。

 彼女は、この小説について父親と口論になったと言った。第3次中東戦争の頃に生まれた父の記憶には、パレスチナの「細部」に居場所はなかった。「でも、お父さん、あらゆる戦争に性暴力があるというのに、自分たちだけはそんなことをするはずがないと、誰が言い切れるの?」。その父も国を去った。もう家族は誰もイスラエルにいないと、彼女は言った。

 喪(うしな)われたまま放置された「細部」を求めることが尊厳回復への強い思いのあらわれだということに、心を動かされたと、彼女は言った。

 シブリーの文体は映像的で、弾(はじ)くようなカットを重ねていく。ときにそのカットは、砂の丘であり、軍用車のアイドリングであり、うねるホースであり、ヘブライ語とアラビア語の道路標識であり、揺れるクスノキである。そしてある瞬間、それらは心臓や鼻腔(びくう)、腱(けん)が千切れる鋭い痛みの物語へと動き出す。

 しかし、この物語は「細部」――殺害された少女の側の語りを欠いている。主人公は、「完全な真実」を求めて、「細部」を探しまわる。

 「細部」を求めることと尊厳回復ということ。沖縄の2人の作家、牧港篤三と太田良博のことが去来する。米軍基地建設が本格化した49年、当時新聞記者だった2人は、村々を訪ねては日記や手記を集め、人びとの話に耳を傾けた。まとめられた原稿は、米軍の検閲後、朝鮮戦争勃発直後の50年8月、『沖縄戦記 鉄の暴風』(沖縄タイムス社編著、ちくま学芸文庫・1760円)として刊行された。

戦場の内実描く

 牧港は、人びとの地上戦の記憶に「別の観念の這入(はい)りこむ余地はなかった」とする。日本軍による壕(ごう)からの追い出しや虐殺、強制集団死をはじめ、弱い立場におかれた者がさらに弱い状況に追い込まれる「軍官民共死共生」の戦場の内実が、「細部」を重ねるようにして描かれる――鮮明な色、陰影、音の描写とともに。あたかも2人が、砲爆撃で隆起珊瑚(さんご)礁が削られてむき出しになってしまった、白い砂塵(さじん)の舞う道の向こうに、硝煙弾雨を彷徨(さまよ)う人びとの幻影を見ていたかのように。

 『鉄の暴風』のなかに、幼児に腕枕をしたまま亡くなっているお母さんなど、多くの女性たちの姿がある。ただ、女性たち、とくに子どもを喪った人たちが語り始めるようになるのは、さらに四半世紀近く後のことであり、多くの場合、決して簡単ではなかった。地元紙記者や市町村史、字(あざ)誌編纂(へんさん)にかかわる人たちは、体験者の思いを大切にしながら、証言を記録してきた。『続・沖縄戦を知る事典 戦場になった町や村』(古賀徳子・吉川由紀・川満彰編、吉川弘文館・2640円)は、記憶の地層を底へ底へと掘り続ける作業を伝える。

 死者の記憶、あるいは「完全な真実」には届かなくとも、戦争が何を奪うかを想像するには、そこに生きた人たちの残した「細部」をたずねるほかない――暴力の伏線を感じる時代にはなおさら。=朝日新聞2026年620日掲載