1. HOME
  2. 書評
  3. 「東京裁判と帝国陸海軍軍人」書評 「もう一つの戦争」を戦い続けた

「東京裁判と帝国陸海軍軍人」書評 「もう一つの戦争」を戦い続けた

評者: 吉田裕 / 朝⽇新聞掲載:2026年08月01日
東京裁判と帝国陸海軍軍人――歴史問題の前夜 著者:中立悠紀 出版社:みすず書房 ジャンル:歴史

ISBN: 9784622098478
発売⽇: 2026/05/20
サイズ: 19.4×4.2cm/656p

「東京裁判と帝国陸海軍軍人」 [著]中立悠紀

 アメリカでは、1970年代に入ってから、東京裁判関係史料の公開が進んだ。日本では、外交文書を別にすれば、裁判関係史料の公開が始まるのは2002年である。日米間の格差は歴然としているものの、日本側史料の公開によって、東京裁判研究は急速に進んだ。その担い手が、宇田川幸大や本書の著者、中立悠紀などの若い世代の研究者である。
 本書の分析の主な対象は、厚生省引揚援護局の前身機関である復員関係の法務調査部門(法調)に勤務していた旧陸海軍のエリート将校たちである。彼らは、占領期には公職追放を免れながら、GHQの監視の目をかいくぐって、東京裁判やBC級戦犯裁判対策の樹立、弁護団への協力、戦犯・戦犯家族の支援などで大きな役割を果たした。
 講和条約発効後の活動では、1952年の戦犯釈放を求める署名運動への関与が見逃せない。水増しされてはいるが、公称で1500万人もの賛同者を獲得した全国的な署名運動である。本書によれば、この運動は地方自治体、そして戦時期にルーツを持つ半官半民団体を総動員した事実上の官製運動であり、旧軍人のネットワークを生かした法調旧軍人グループが水面下で主導的役割を果たした。
 その後、このグループは、戦犯とその家族の救済を目的にした援護法・恩給法の改正(53、54年)、BC級戦犯の靖国神社への合祀(ごうし)(59年)などにも深く関与している。彼らは、戦後も「もう一つの戦争」を戦い続けた人々だった。本書は、対米関係などを考慮せざるをえない外務省や政府との間の軋轢(あつれき)、国民感情とのずれにも丁寧に目配りしながら、これまでほとんど知られることのなかった旧軍人の戦後史に光をあてた。
 また、靖国問題との関連でも、靖国神社側が国民感情に配慮して、BC級戦犯の合祀にも78年のA級戦犯の合祀にも、慎重な姿勢を取りつづけた事実が興味を引く。
    ◇
なかだて・ゆうき 1990年生まれ。東京女子大非常勤講師。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員PDを経て現職。