1. HOME
  2. 書評
  3. 「旧ソ連圏の分離紛争」書評 非承認国家の行方を決めるもの

「旧ソ連圏の分離紛争」書評 非承認国家の行方を決めるもの

評者: 酒井啓子 / 朝⽇新聞掲載:2026年09月12日
旧ソ連圏の分離紛争―なぜ起こるのか、どう管理するのか― 著者:松里 公孝 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:政治

ISBN: 9784815812508
発売⽇: 2026/07/13
サイズ: 15.7×21.7cm/382p

「旧ソ連圏の分離紛争」 [著]松里公孝

 膨大な量の地名、人名の洪水。場所確認のため詳細な地図が必携だ。
 読み進めるのは一苦労。だが、そこで著者が旧ソ連の事例分析から提示する紛争研究の枠組み設定、分析方法は、「非承認国家の分離紛争」を巡る一般理論を目指す壮大な挑戦であると同時に、ソ連というシステムの解体が何を生んだのかを考える手がかりでもある。
 まず注目するのが紛争管理に必要な三つの層、すなわち停戦協定履行の管理、非武装地帯を設定・維持する停戦機構、本格的和平のための将来構想プラットフォームだ。多くの分離紛争は将来構想には注目しても、停戦維持機構が十分でない。
 さらに旧ソ連圏のソ連中央―連邦共和国―自治単位という三層構造が、紛争において重要な位置づけを占める。分離独立を求める自治単位とそれが帰属する親国家、旧ソ連の中心たるロシアのパトロン国家としての役割。分離政体は自身の利益、自立維持のために親国家につくのがよいかパトロンにつくのか常に計算し、それぞれの判断が国運を左右する。そこでは指導者の力量も重要で、著者のNGO出身政治家の能力欠如に対する批判は、手厳しい。
 具体的に見れば、カラバフやウクライナ東部のドンバスでは停戦機構がなく、前者は親国家に再征服され後者はパトロン国家(ロシア)に併合された。南オセチアとアブハジアは、前者では停戦交渉の過程で生まれた停戦機構の枠組みが成功したものの、後者には適合せず国連中心の紛争管理機構に依存した。パトロンのロシアと親国家のグルジア(著者による表記)との衝突の結果、ともにロシアに保護国化される。
 ドンバス戦争に始まる露ウ戦争は、こうした小規模紛争の複層する展開過程でこそ理解でき、二国家間の戦争と解釈すべきではない、と著者は指摘する。アイデンティティーや地政学を争点化することの安易さに対する著者の警告は、今の国際政治にもいえることだ。
    ◇
まつざと・きみたか 1960年生まれ。上海外国語大特聘教授。専門は旧ソ連圏の現代政治。著書に『ウクライナ動乱』など。