1. HOME
  2. 書評
  3. 「経済学的思考を組み立てる」書評 真理の探究と問題解決の二面性

「経済学的思考を組み立てる」書評 真理の探究と問題解決の二面性

評者: 植原亮 / 朝⽇新聞掲載:2026年08月01日
経済学的思考を組み立てる-エビデンスと物語で読み解く現代社会 (中公選書 170) 著者:大竹 文雄 出版社:中央公論新社 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784121101716
発売⽇: 2026/05/22
サイズ: 2.5×19.1cm/336p

「経済学的思考を組み立てる」 [著]大竹文雄

 タイトルに惹(ひ)かれて手に取ってみると、予想に反して書評集である。しかし中身を追うと、豊富な書評を通じて経済学的思考と現代の知の状況が確かに浮かび上がってくる。テレビ出演でも知られる著者の仕掛けたトリックにまんまと引っかかってしまった。実際、バスケットゴールつきのゴミ箱には思わずゴミを捨てたくなる、というポイ捨て防止のアイデアが出てくる『実践仕掛学』も紹介されており、本書の作り自体も仕掛学の応用なのかもしれない。
 経済学的思考が扱える範囲は実に広い。金銭絡みだけでなく、およそ人の行動と制度にまつわる話題はみな含まれているかのようだ。保育所のお迎えによく遅刻してくる保護者にどう対応するか、といった身近な問いから、長時間労働、サラ金、公教育への支出、感染症対策と科学的助言、医療保険制度、税金、そして自由と幸福まで。
 どの書評も対象書籍の核心を見事に再構成しており、誰が読んでも得るものは大きいはずだ。私のように哲学をやっている人間にも刺激に満ちている。人の自然本性としての不合理性はどこにどう現れるか。人為としての制度や規範はどうやって立ち上がってくるのか。こうした問いをあらためて考えたくなる箇所に何度も出会った。
 著者の指摘で興味深かったのは、現代の経済学に見られる二面性である。確実性が高い新たな真理を探究するサイエンスとしての側面と、不確実でも迅速に問題解決を試みるエンジニアリングとしての側面。モデルを作り、実験やデータ分析を行う一方、経済政策はもちろん、教育や医療、ビジネスの現場でも有効であろうとする。ここで私は学問なるもの一般の意義や役割にしばし思いをめぐらせた。
 本書を読み進めるにつれて、読みたい本がどんどん増えていくだろう。これもまた、読者の行動変容を巧みに促す、経済学的なエンジニアリングの成果に違いない。
    ◇
おおたけ・ふみお 1961年生まれ。大阪大特任教授(行動経済学)。著書に『日本の不平等』『格差と希望』など。