1. HOME
  2. 書評
  3. 「本作り500年の歴史」書評 物としての書籍が織りなす物語

「本作り500年の歴史」書評 物としての書籍が織りなす物語

評者: 古田徹也 / 朝⽇新聞掲載:2026年08月08日
本作り500年の歴史: 本の印刷からZINEカルチャーまで 著者:アダム・スミス 出版社:原書房 ジャンル:

ISBN: 4562076755
発売⽇:
サイズ:

「本作り500年の歴史」 [著]アダム・スミス

 本書は、本に記された内容ではなく、本という物それ自体をめぐる、西洋の近世以降の歴史を追うものだ。ただし、そこで描かれているのは、活版印刷技術の普及によって次第に幅広い層に本が行き渡り、最終的に電子書籍に移行して消えつつある、という単純な技術的進歩の物語ではない。むしろ、本が物理的存在であるからこそ、きわめて多様で複雑な物語が紡がれてきた次第が、詳しい実例とともに浮き彫りにされている。
 たとえば、手書きの本とは違って印刷された本は厳密な複製であって、同一の版では同一の内容が保持される、と思えるかもしれない。しかし実際には、本にハサミを入れて切り貼りしたり、図版を新たに挿入したりして、別の本に仕立て上げるということも行われていたし、各ページに注釈を書き込むための広い余白を設ける本も多かった。つまり、読者がカスタムすることを前提にしていたということだ。
 また、19世紀に画一的な大量生産が席巻する以前は、読者は印刷された紙の束を購入し、それを好みの職人に製本させるのが一般的だったという。そこで職人たちは、綴(と)じ加工から装幀(そうてい)に至るまで、技術を磨いて工夫を重ねてきたし、その遺産は今も受け継がれている。本書を通じて、小規模の物作りが織りなす印刷本の歴史を振り返ると、現在のZINE文化の可能性についても示唆が得られるはずだ。
 そして、本書のもうひとつの魅力は臨場感だ。本作りに使われる多彩な備品や道具たち、現場にただようインクや油や人間のにおい、印刷機のプレスの音、パルプを浸した水の冷たさ━━。専門の分野に深く通じた歴史家には、一個の世界が細部に至るまでありありと立ち現れている。それを描き取る筆致を跡づけるうちに、私たちもその世界に招き入れられ、想像を豊かに膨らませる。本書のような充実した歴史書の醍醐味(だいごみ)は、この点にもあるだろう。
    ◇
Adam Smyth 英オックスフォード大ベリオール・カレッジ英文学および書物史学教授。16~17世紀の書物が専門。
    ◇
村上彩訳