ISBN: 9784805113646
発売⽇: 2026/04/03
サイズ: 21.5×3cm/382p
「ファシズムの同時代性」 [著]石田憲
本書は、過去の遺物とされがちなファシズムの本質を現代に引き戻し、民主主義の危機の時代を生きる私たちに強烈な警告を発する名著。この20世紀の負の遺産を、過去の特殊事例として認識することを許さない。ファシズムを、ヒトラーやムソリーニなどの独裁者の個人崇拝へと矮小(わいしょう)化するのでもない。
著者は、国際金融の動向、植民地主義の暴走、大衆文化の変容といった多角的な視野からファシズムの増殖過程を解剖する。浮かび上がるのは、社会の閉塞(へいそく)感や経済的不安を背景に、大衆がナショナリズムの誘惑に駆られ、自らファシズムを選択していく恐るべきプロセス。政権を握った体制が内政の矛盾を隠蔽(いんぺい)するために戦争へと突き進み、その暴走を極限化させていく論理も緻密(ちみつ)に描かれる。
圧巻は、国際政治史の枠組みに留(とど)まらない射程の広さだ。丸山眞男とレンツォ・デ・フェリーチェという日伊の代表的な知性を深く吟味したうえでの戦後ファシズム観の検証は、戦後がファシズムをどう記憶し、いかに歪(ゆが)めてきたかを浮き彫りにする。なにより、エチオピア戦争と日中戦争をめぐる同時代文学の検討は白眉(はくび)。当時の知識人や大衆がどのような言葉でナショナリズムに誘惑され、戦争を自己正当化していったのかという、人間の内面における精神の変容が克明に描かれる。
この広角な分析があるからこそ、現代の劇場型政治への接続が冷徹な警鐘として響くのだ。排外主義が瞬時に拡散するSNS空間は、かつてファシズムが依存したマスメディアによる世論誘導のデジタル版に他ならない。ポピュリズムの言説に人びとが熱狂する光景は、本書が描く「ファシズムの滑走路」そのものではなかろうか。歴史の文脈と現代の危機を見事に架橋した本書は、かつての陥穽(かんせい)のすぐ傍らに立つ私たちに、民主主義に踏み留まらせるための貴重なヒントを授けてくれそうだ。
◇
いしだ・けん 1959年生まれ。千葉大名誉教授(国際政治史、日独伊比較研究)。著書に『地中海新ローマ帝国への道』など。