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「サタンタンゴ」書評 ユーモア感覚と徹底した美意識

評者: 藤井光 / 朝⽇新聞掲載:2026年09月12日
サタンタンゴ 著者:クラスナホルカイ・ラースロー 出版社:国書刊行会 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784336078780
発売⽇: 2026/06/24
サイズ: 18.8×2.3cm/360p

「サタンタンゴ」 [著]クラスナホルカイ・ラースロー

 秋の長雨の季節が近い。農場のそばにある居住区で、フタキという男性が既婚女性と密会している。やがて女性の夫が帰宅し、フタキはどうにかその場を切り抜け、その夫と金を分ける話を始める。そこに、死んだと思われていたイリミアーシュとペトリナの二人組が戻ってきたという知らせが飛び込む。
 この冒頭は、犯罪小説の一部であってもおかしくない。居住区の住民たちの過去が暴かれるなり、欲望と裏切りのドラマが加速するなり、といった展開になるのかと思いきや、小説はすぐに読者を迷子にしてしまう。住民たちをひたすら観察する医者、警察組織の論理に翻弄(ほんろう)されるイリミアーシュなど、次々に新たな視点が追加されていくが、それらは一向に全体像を結ばないのだ。
 住民たちの周囲については細かく描写されるが、どのような人生を歩んできたのか、背景となる社会がどのような情勢なのかは、奇妙なほど語られない。「屍(しかばね)のように冷たい月明かり」という比喩をはじめとして、死や崩壊の予感を絶えず漂わせる語りは、「今」と「ここ」しか見せてくれない。過去と未来から切り離され、辺獄で待機しているような住民たちの存在には、いったいどんな意味があるのか。
 その問いが、居酒屋での酩酊(めいてい)とタンゴという狂騒とないまぜになったところに、イリミアーシュが登場し、住民たちに別の場所での未来を提示する。その言葉に飛びつく住民たちを待ち受けているのは何か。住民たちの卑俗さと、語りの随所でほのめかされる救済や復活という主題は、どこかでうまく融合するのか。
 右往左往する登場人物たちが渦となって、虚無のなかに吸い込まれていくのを眺めるようなユーモア感覚と、日常の風景に幻想的イメージを交錯させ、小説の構成に徹底してこだわる美意識。うねるようなリズムの長文の文体が、そのふたつの奇妙な組み合わせに読者を引きずり込む。 
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Krasznahorkai László 1954年生まれ、ハンガリーの作家。2025年ノーベル文学賞。邦訳された作品に『北は山、南は湖、西は道、東は川』。
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早稲田みか訳