1. HOME
  2. 書評
  3. 「カナシイホトケ」 祭礼が生む生者と死者との交感 朝日新聞書評から

「カナシイホトケ」 祭礼が生む生者と死者との交感 朝日新聞書評から

評者: 石井美保 / 朝⽇新聞掲載:2026年07月25日
カナシイホトケ 著者:奥山淳志 出版社:みすず書房 ジャンル:

ISBN: 4622098385
発売⽇: 2026/5/20
サイズ:

「カナシイホトケ」 [著]奥山淳志

 東北の風景と祭礼、人びとの営み。その熱量と寂寥(せきりょう)が静かに迫ってくる。
 二十代の半ばから東北に暮らす著者は、彼(か)の地に生きる人びとの姿を見つめ、写真に収めてきた。春彼岸の終(しま)い日、山上に灯(とも)される送り火。豪雪の夜、家々をめぐるやまはげ。女性たちに抱かれたオシラサマの依(よ)り代(しろ)。海と山々と風雪の織りなす、荒々しくも恵みに満ちた風土と、受け継がれてきた死者たちとの交流の形が、そこに生きる一人一人の肖像とともに幻想的な絵巻のように描きだされる。
 著者が惹(ひ)かれるのは、現代の社会にも伝統的な共同体にも安住できない、漂泊者のような存在だ。心を病み、「カミホトケ」の道を希求してきた明さん。放浪の果てに辿(たど)り着いた茅葺(かやぶ)きの家で、新たな生活を模索していた「彼」。
 古くからの祭礼や営みを追いかけながら、それらの衰退を目にして著者は何度も自問する。亡き人を想(おも)う人びとの祈りが紡いできた物語、「無常さと優しさが渾然(こんぜん)としたカナシイホトケという不思議な存在は、僕たちにはもはや必要がないのだろうか」と。
 著者と同じく高度経済成長期に生まれ、異国の祭祀(さいし)に魅せられてきた私もまた、似た問いを抱いてきた。連綿と続く生死の連環を統べる神々や祖先と、その摂理の下で生きる人間。そんな彼岸の摂理は、現世に生きる者の救いとなる一方で、その生を縛る。来世につながる共同体の課す責務と、そこから逃れたいという願望の間(はざま)で人は惑う。
 著者が探しあぐねる東北の祭礼の未来、変わりながらも続いていく何かがあるとすれば、それは共同体の規範を再生産するためというより、人の生死につきまとう哀(かな)しみを宥(なだ)め、慈しみを共有する場としての意味なのではないか。
 祭礼は、人ならざるものの視点を人に与える。送り火の焚(た)き手たちが山から下界を眺めるときのまなざしは、送られてゆく魂のものだったと著者は思う。そして、彼らのかざす松明(たいまつ)の火を下界から見つめる者は、それが去りゆく魂であり、自分の愛する人でもあることの不思議に打たれる。生者と死者の交感は、そのようにして生みだされる。
 無常の海に浮かぶ人間の営みの儚(はかな)さと、つながりのか細さ。たとえ共同体としての意義が失われたとしても、その儚さを思い起こし、対岸にいる者への懐かしさを解き放つために、祭礼は在りつづけるだろう。一本のろうそくを灯し、道端の草を結ぶことさえ、ひとつの祈りになる。人の生き死にを包み込みながら降りしきる雪、轟(とどろ)く海と風――その流転の中に置かれた、ささやかな道標のように。
    ◇
おくやま・あつし 1972年生まれ。東京での出版社勤務を経て岩手県に移住、写真家として活動を開始。写真集『BENZO ESQUISSES 1920-2012』で林忠彦賞。著書に『庭とエスキース』『動物たちの家』など。