ISBN: 978-4065441121
発売⽇: 2026/7/9
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「ゾンビ回収婦」 [著]小砂川チト
ゾンビはわたしたち人間を映し出す鏡である、とはよく言われる。それが象徴するのが、終わることのない労働や消費であれ、戦争における敵であれ、ゾンビには時代の無意識が刻印されているのだ、と。
本作においても、いわゆるゾンビものの特性は見事に活用されている。語り手の女性「わたし」は、夫婦ともどもAIに仕事を奪われて解雇され、夫は演奏旅行に出ていったきり戻らない。当たり前のように思っていた生活が突然消え、わたしは日々の支えを見失ってしまう。
そんなとき、VRのヘッドセットを装着したわたしは、ホテルでプレーヤーが大量のゾンビと対決するというゲーム空間において、真の仕事と居場所を見つけたように感じる。ただし、プレーヤーとしてではない。戦闘が終わったあと、「あなたたち」ことゾンビの身体を回収してその場を清掃し、ゲームの世界におけるインフラの一部として機能するという、反復としての労働に、わたしは情熱を傾ける。与えられた役割を毎日繰り返すゾンビとわたしのあいだに、果たして違いはあるのか。
そこに、あるゾンビが見せる、他とは明らかに異なる様子に気づいたことで、物語は「個」をめぐる探求に姿を変えていく。誰もが役割でしかない世界で、自分と他者がお互いに唯一の存在である根拠はどこにあるのか。わたしの感情は、わたしだけのものなのか。どこかに、ゲームの世界の「外」はあるのか。
それを問い始めたが最後、現実と虚構、自己と他者の境界は、現れたかと思えば次々に溶けていく。わたしにとっての「リアル」が崩されていく展開は、卓抜な比喩の数々とともに、有無を言わせず読み手も巻き込んでいく。
読み進めるにつれ、冒頭の前提も逆転させてみたい誘惑にふと駆られる。わたしたち人間とは、ゾンビを映し出す鏡なのではないか。
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こさがわ・ちと 1990年、岩手県生まれ。小説家。2022年に「家庭用安心坑夫」で群像新人文学賞を受けデビュー。この作品と「猿の戴冠(たいかん)式」が芥川賞候補に。本作で第175回芥川賞。