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「わたしを庇わないで」書評 偽善の言葉と対峙する「二文字」

評者: 青山七恵 / 朝⽇新聞掲載:2026年08月01日
わたしを庇わないで 著者:石田 夏穂 出版社:集英社 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784087700572
発売⽇: 2026/06/05
サイズ: 13.4×19.4cm/208p

「わたしを庇わないで」 [著]石田夏穂

 おそらくは今もっとも笑える純文学の書き手による、中編作品集。
 表題作「わたしを庇(かば)わないで」には「デブ」という単語が頻出(推定百回以上)する。私は今、ヒヤヒヤしながらこの二文字をカギカッコでくくった。これは、文字にするのは憚(はばか)られる言葉ながら必要に駆られやむをえず書きます、という社会の常識的言語コードへの服従を示すカギカッコである。が、本作に登場するのは、こんなカギカッコを脱ぎ捨てた、あまりにむき出しのデブなのだ。昨今のコンプラ意識の高まりから、実生活でもフィクション内でもめったに見られなくなったこの二文字が、なぜこれほど本作に登場するのか。それは主人公のアヤノが自他共に認める「デブ」だからである。
 水産会社の広報部に勤める彼女は、ある日体調不良の先輩に代わり、自社製品の食レポ動画に出演することになった。そこで「デブ」としての自分に期待される空気を読んで大袈裟(おおげさ)においしそうに食べてみたところ、その食べっぷりが「おもしろい」と評判を呼び、一躍社内の人気者に。が、回を重ねるごとにSNSのコメント欄にはストレートな「デブ」中傷と「この人の体型を非難するのはやめてください」というような擁護の声が立ち並ぶようになる。
 自身のデブ性をただの現実としてニュートラルに捉えているアヤノにたいして、そのデブ性が引き寄せる言葉には、人々の保身と不安と偽善が入り混じっている。吹けば飛ぶようなそれらの言葉に対峙(たいじ)する、むき出しのデブ。執拗(しつよう)なほど繰り返されるその二文字は、もはや太っている人を指す俗称というより、社会のタブー意識によって葬り去られてきた種々の言葉からなるキメラのようにも見えてくる。著者の絶妙な比喩と名付けのセンスに何度も笑わされながら、現実と言葉が絶えず互いの尻拭いをしているようなこの世界の滑稽さにも、力ない笑いが漏れた。
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いしだ・かほ 1991年生まれ。作家。2021年のデビュー作『我が友、スミス』で芥川賞候補。『黄金比の縁』『ノーメイク鑑定士』など。