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「愛子さん」書評 全て奪う戦争 理不尽は今なお

評者: 石井美保 / 朝⽇新聞掲載:2026年08月08日
愛子さん 著者:中脇初枝 出版社:講談社 ジャンル:

ISBN: 4065430925
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「愛子さん」 [著]中脇初枝

 つい先日、新聞に載っていたある記事に目がとまった。国会に提出されていた空襲被害者救済法案が、審議未了で廃案になったという。記事の写真には、東京大空襲で肉親を亡くした河合節子さんの姿があった。一九七〇年代以降、度重なる訴えにもかかわらず、国からも裁判所からも退けられてきた民間人空襲被害者の救済。この記事に目を奪われたのは、本書を読んでいたからだ。
 横浜に暮らす国民学校一年生の美智子と、大阪の女学生だった愛子さん。同時代を生きた二人の声が、それぞれの物語を語りだす。美智子の目から語られるのは、戦時の窮乏や空襲の怖さだけではない。国の命令に応えて息子を戦地に送り出し、愛犬までも供出し、降り注ぐ焼夷弾(しょういだん)の中で消火活動に勤(いそ)しむ大人たちの姿。姉の恋した優介さんは、皆と違う行動をとるが故に白眼視される。
 かたや愛子さんの語りは、戦中から戦後までの長い年月を行き来する。大阪を襲った空襲で彼女は両親を失い、足に大火傷(やけど)を負った。「わたしらにとってはずっと戦後が続いとった」。そのつぶやきの通り、空襲以来、愛子さんの人生はずっと奪われ通しだった。心を去らない苦しみと怒り、願いと絶望。その半生を振り返る彼女の語りは、淡々としていながらも凄(すご)みを帯びている。
 「国は、わたしらが死に絶えるのを待っとるとしか思えへん」。愛子さんの独白は、廃案を嘆く河合さんの言葉と響きあう。記事の背後には、幾万もの彼女たちの無念が渦巻いている。戦時中はひとしなみに戦って死ねと命じ、戦後はひとしなみに耐えよと命じる。そんな理不尽を許してはならない。愛子さん、あなたは一人じゃない。「わたしをしっかり捕まえてえや」――彼女の最後の叫びに、そう応えて手を握ることができたなら。
 この物語は現実とつながり、現在を揺さぶり、過去を目の前に突きつける。愛子さんは、いまもここにいるのだ。
    ◇
なかわき・はつえ 徳島県生まれ、高知県育ち。作家。『きみはいい子』で坪田譲治文学賞。『世界の果てのこどもたち』など。