川名潤さんが語る職業としての装丁家 深く読み込み 作品広げる表紙に
――装丁家を目指したきっかけは?
高校生の時に雑誌「スタジオ・ボイス」のグラフィックデザイン特集を読み、デザイナーに憧れて美術大学へ進みました。入学したら、まわりはみんなすごくて「自分には何もできない」と一度挫折しました。
その頃、大学図書館で「日本の名随筆」(作品社)という小ぶりの本に出会いました。おしゃれなつくりに感銘を受け、クレジットに菊地信義さんの名前を見つけました。そこで初めて「装丁家」という仕事を知りました。
――装丁家になるための就職活動はしたのですか?
音楽雑誌でデザインのアルバイトを始めて、出版社のデザイン部の採用試験も受けましたが最終面接で落ちて……。卒業前に、好きだった雑誌の編集長が「新雑誌を創刊します。デザイナーが足りません」とWEBで告知したのを見つけて、すぐに電話をかけたら、そのまま働くことになりました。寝られないほど忙しい現場で経験を積みました。
――雑誌から書籍の装丁へ仕事も広がりました。
雑誌の編集部では編集者やライターと打ち合わせをする機会がたくさんあるので、会う人会う人に「本を出すことがあったら声をかけてください」と伝えました。第一歩はまず営業です。
――装丁家としてのターニングポイントは?
40歳で独立したことですね。経理などの事務作業が苦手なので、デザイン事務所に所属していたんです。「食えない」心配はありませんでしたが、多様なジャンルの依頼があって、このまま続けるのもしんどいなと。
独立して「やっと自分の仕事が始まった」と感じました。文芸誌「群像」のリニューアルとその後のデザインを担当するようになって、好きだった小説の仕事も増えていきました。
――装丁プランはどのように考えるのですか?
小説の場合は、読む時間の方が圧倒的に長いですね。人物相関図を描いたり風景をスケッチしたりしながら読み進めていくうちに、「よし、これで行こう」と自分の役割が見えてきます。
装丁は、作品を拡張するものだと思っています。直木賞を受賞した小川哲さんの小説「地図と拳」(集英社)は、100年前の「満州」が舞台だったので、自分も当時の装丁家になったつもりで、その時代の地図や銅版画、活字だけを使いました。本のあるべき形は一冊一冊違います。東京を転々とする主人公の話なら、その風景を撮りに自転車で回ったりもします。
――雑誌や書籍のデザインを手がけて30年、やりがいは?
作家が「よくあの場面をここに収めてくれましたね」と喜んでくれることですね。「作品を世界で一番理解しているのは僕かもしれない」と勘違いできる瞬間です。50歳になりますが、いまだにうまくなり続けている実感はあります。
装丁の仕事を知った後に読み返して、「祖父江慎さんがとんでもない装丁をしていた」と気づいた一冊です。「ポンコツなデザイナー」の設定で、本を作る上で起きてはいけない失敗が、あえて盛り込まれている。これほど装丁家の仕事が意識された本はないでしょう。この本の「変さ」を面白がれる人は装丁家向き。逆に「胸が痛い」なら編集者向きかもしれません。
(スピリッツゴーゴー版は品切れ中)
菊地信義さんとの仕事についていろいろな人が書いたエッセーが縦組みで載っていて、菊地さんが本をどう設計していくかが横組みになっています。さきほどの「伝染るんです。」の装丁で祖父江さんがあえて「失敗」した部分がなぜ装丁的にダメなのかが理論的に勉強できます。2冊を合わせ読むことで、理論をどれだけ破れば面白い本ができるかが分かります。
(品切れ中)