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「マルクス・イン・アメリカ」書評 左派の運動を支える隠れた源流

評者: 酒井啓子 / 朝⽇新聞掲載:2026年08月22日
マルクス・イン・アメリカ 著者:アンドリュー・ハートマン 出版社:新日本出版社 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784406069823
発売⽇: 2026/05/31
サイズ: 16×21.6cm/704p

「マルクス・イン・アメリカ」 [著]アンドリュー・ハートマン

 共産主義やマルクス主義を徹底的に嫌うものと思っていたアメリカで、民主社会主義を掲げる移民出身のゾーラン・マムダニがニューヨーク市長に選ばれるなんて、考えもしなかった。ミシガン州で反イスラエルを掲げるムスリム候補が民主党の主流候補を破るなんて、誰が予想しただろう。なぜアメリカで急進左派の批判的政治家が急に台頭したのかとの疑問に、実はアメリカにこそ長いマルクス主義思想を巡る歴史があったと、本書を読んで初めて知った。
 なにより、マルクスの思想展開が南北戦争、奴隷制に深く根ざしていたとは知らなかった。ドイツ系、ユダヤ系移民がアメリカのマルクス主義運動を主導したこと、労働運動の長い歴史、そして大恐慌時の「マルクスをアメリカ化する」試みには、蒙(もう)を啓(ひら)かれる。
 本書は、マルクスについてというより、アメリカでマルクスの思想を、参照したり継承したり信奉したり独自の方向に展開させたり、反駁(はんばく)したり反面教師化したり預言者視したり救世主視したりした、あらゆる思想家や政治家や理論家のマルクス観、あるいは陰に潜むマルクスの影響を歴史的に俯瞰(ふかん)したものだ。マルクスが革命で乗り越えようとした資本主義の終焉(しゅうえん)を、ニューディール政策で資本主義の存続を前提に改革で乗り越えようとしたのがリベラル派だったこと、冷戦期にはマルクス主義と全体主義が同一視された一方、新自由主義の登場でニューディール的リベラリズムは捨てられたとの指摘は、トランプ登場と民主党の混迷をよく説明する。
 考えさせられるのが、黒人差別に抗する人権運動と労働運動の微妙な関係だ。労働者として階級的連帯を志向するのか、人種的連帯に依(よ)るアイデンティティー政治に傾斜するのか。多くのグローバルサウスの左派運動が今も抱えるジレンマだ。
 アメリカのマルクスを振り返ることは、まさに世界の左派運動を普遍的に見通すことと同義だ。
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Andrew Hartman 1972年生まれ。米イリノイ州立大教授(歴史学)。原書はシカゴ大学出版局から2025年に刊行。初の邦訳。
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森原公敏訳