- 櫛木理宇『無音 忌み語を紡ぐ町』(集英社)
- 梨『霊媒クラブ』(イースト・プレス)
- 久真瀬敏也『都市伝説の正体教えます』(宝島社文庫)
夏になればホラーや怪談を楽しむのが日本特有の納涼文化である。今回は、そんな季節に相応(ふさわ)しい小説を紹介したい。
受験生相手に「滑る」「落ちる」が禁句とされていたり、結婚式で別れを連想させる言葉がタブーなのは常識である。だが、櫛木理宇(くしきりう)の長篇(ちょうへん)『無音 忌み語を紡ぐ町』の舞台となるD県十櫃(とびつ)町には、言ってはいけない「忌み語」がやけに多い。夫や娘とともにこの故郷に帰ってきた高嶋那月は、8歳になる娘の名が沙希だと高校時代の級友に告げた途端、相手の顔が引き攣(つ)るのを見た。「タカシマサキ」とは、18年前にこの町で死んだ少女の名であり、決して口にしてはならぬ忌み語だった。
沙希は前夫との子であり、那月のお腹の中には今の夫の子がいる。しかし十櫃町に帰って以降、沙希の様子に不穏さが目立ちはじめる。果たして忌み語の呪いと関係があるのか? 妊娠中でただでさえ不安定な心理の那月は、周囲の異変によって追いつめられてゆく。ルール不明の怪奇現象と、沙希に会いたがる前夫や抑圧的な母親といった人間の言動の忌まわしさとが相乗効果を醸し出す、今年最恐クラスのホラー小説である。
梨の連作短篇集『霊媒クラブ』の舞台である中学校に転校してきた松谷美夜は、事情をよく知らないまま生徒会に誘われる。だがそこには、世の常の生徒会にはない役割があった。それは、学校で起こる怪異に、生徒会が合理的に説明をつけるというものだった。
著者は気鋭のホラー作家だが、本書は意外にも謎解き重視だったので驚いた。生徒たちがでっち上げた人工的な怪異を、それぞれ得意分野を持つ生徒会の面々が合理的に説明してゆくのだ。しかし、作中の怪異は果たして本当にすべて解明されるのか? ホラーとミステリーのどちらに着地するか、最後まで油断は禁物だ。
冬の北海道で列車に胴体を轢断(れきだん)されて上半身だけになった女性が腕だけで這(は)い寄ってくるという「テケテケ」、ロシアで生きながらクマに食われつつある女性が母親に電話をかけてきた「ペトロパブロフスク熊事件」など、有名な都市伝説を連想させるような事件に特任准教授の祝幻夢(いわいげんむ)が対峙(たいじ)する……というのが、久真瀬敏也の連作短篇集『都市伝説の正体教えます』を貫く趣向だ。
祝は事件の体験者から話を聞き出し、その証言から、本人も気づいていない矛盾を見出(みいだ)す。そしてそれをもとに、思いがけない真実を論理的に暴いてみせる。しかし、謎が解けても全く安心できないのが本書の特色。というのも、事件の都市伝説めいた表層よりも、その裏で蠢(うごめ)く人間の悪意のほうが遥(はる)かにおぞましいからだ。連作を通しての結末も含め、肝が冷えること必至の一冊である。=朝日新聞2026年8月26日掲載