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YOTSUYA BOOKS(東京) 街から書店が消えていく時代に、なぜ出版社が自ら本屋を? 編集者がシフトで店番 イベントも

「あれ、ここに本屋なかったっけ?」

 四谷三丁目を久々に歩いて、ふと違和感を覚えた。駅前のランドマークとも言えるスーパーの中に、確かに本屋があったはずなのだが……。東京都内の街並みは、少し時間が空くとすぐに変わってしまう。となると四谷界隈の本屋は、以前お世話になったSAKANA BOOKSのみということなのだろうか。

 などと思いながら四谷方面に進んでいくと、「OPEN」「本」「新刊&古本もあります」と書かれた看板があるではないか! 建物に目を向けると、そこにYOTSUYA BOOKSがあった。隣の抹茶ドリンクスタンドも気になるが、まずはこちらに入ってみねば。

新宿通りに面していて、少し離れた場所からも「本」の看板がよくわかる。

「そうなんですよ、以前は四谷三丁目の丸正スーパーの上に、あおい書店があったんですよね」

 そう教えてくれたのは、YOTSUYA BOOKS店長&編集者の河田周平さんだ。

店長の河田周平さん。イベントの企画も、河田さんの担当だ。

書店の奥に出版社のオフィスあり

 河田さんによれば、フロアの奥にスタンダーズ株式会社(以下スタンダーズ)という出版社のオフィスがあり、このスタンダーズがYOTSUYA BOOKSを運営している。産業編集センターが手掛けるアンダンテと同じコンセプトながら、あちらは店とオフィスは別フロアだった。こちらは奥の書棚を覗こうとすると、働く皆さんの姿が視界に入る距離の近さだ。

「もともと四谷の別の場所に会社があったのですが、昨年、今の場所に引っ越しました。その際現在の社長が、『せっかく引っ越すなら本屋を始めたい』と言ったんです。かねて本屋をやりたいと考えていたようですが、四谷界隈だけでなく街から書店がどんどん減っているし、出版社の本屋はまだ少ないですよね。目新しい印象を持ってもらえるのではということで、2025年11月に正式オープンしました」

以前はレストランだった空間。平台に載せているボックスはスタンダーズ社員の手作り。

 作者と編集者がその本のことを一番よく知っているから、編集者が自ら本を売るというのは、確かに理にかなっているかもしれない。スタンダーズは2011年設立と比較的新しい会社だけに、他社から移ってきた編集者も多い。河田さんも以前は、アスペクトで書籍編集をしていた。そんな河田さんは埼玉県浦和市出身で、子供の頃は地元に何軒もの本屋があったそうだ。

「実家が埼玉大学のキャンパスに近かったので、学生向けの書店が多かったんです。あの頃は立ち読みに厳しくなかったので、書店員さんに顔を覚えられるほど通った店もありますね」

 手塚治虫に藤子不二雄、江口寿史に山上たつひこと、今も語り継がれる作品が少年漫画誌上で連載されていた時代だったゆえ、マンガ家に憧れたこともあった。しかし壁は厚かった。小学校ではサッカー部、中学は卓球部、そして高校では放送部に所属し、校内放送でマイフェイバリットを流す日々を送った。1970年生まれの河田さんが高校生の頃は、ボンジョビやマドンナ、マイケル・ジャクソンなどが大ブレイクしていた。

「好きだったのはブルース・スプリングスティーンやローリング・ストーンズで。流行りのポップミュージックを聴いていた同級生を、ちょっと小ばかにしていたところはありましたね(苦笑)」

 高校卒業後、文学部英米文学科に進んだ河田さんは、カート・ヴォネガットやジョン・アーヴィング、初期の村上春樹を愛読していた。とくにヴォネガット作品の「余白の多い世界が展開されながらも、ストーリーの後半がぶっ飛んでいる」ところに大いに魅了されたと語る。大学卒業後は活字に関する仕事をしたいと考えていたものの、卒業するタイミングで就職氷河期に直面。そこで学生時代からアルバイトをしていた、アスキーで仕事を続けることにした。

「最初は広告部で働いていたのですが、パソコン雑誌の『EYE-COM』編集部に移り、編集者人生がスタートしました」

 90年代、パソコン関連雑誌と言えば、多くの人がアスキー(現角川アスキー総合研究所)を思い浮かべたものだ。現在も発行中の「週刊アスキー」や「週刊ファミ通」は周囲にもファンが多かったが、アスキーの編集部=激務という噂もあった。かつての仲間で元アスキーのミーコ(仮名)はよく「アスキー時代はプチプチを布団にして編集部で寝ていた。今はそこまでしなくていいのでラクだ」と言っていたが……。

「プチプチって、冬は暖かくていいんですよ」

 ああっ、ここにもプチプチ布団経験者が! そんな河田さんは「EYE-COM」から「月刊アスキー」や3DCG関連の部署を経て、アスキーから派生したアスペクトで、書籍を担当するようになった。約15年にわたりCGやサブカル系の単行本を作ってきたが、アスペクトは2023年、アスキー創業者の西和彦氏とともに破産宣告を受けている。河田さんはその6年前の2017年に、スタンダーズに移籍した。

「会社が下り坂になる中でスタンダーズの前社長と知り合い、移ることにしたんです。現在のメンバーは8人、うち編集者は5人ですが、僕はこれまでAIやビジネスに関する本を世に送り出してきました」

イベント時に大いに実力を発揮する、75v型のモニタも完備。

自社本もありつつ「普通の本屋の品揃え」に

 現在の在庫は新刊が約4500、古本が300冊程度になっている。古本はスタンダーズのメンバーが放出したものがメインで、なかでも社長の古本ストックは「それこそまだ在庫が何万冊もある」と河田さんは言う。スタンダーズはITやデジタルツールの活用マニュアル、ゲーム系書籍が得意で、河田さんが担当した『ChatGPT はじめてのプロンプトエンジニアリング』は、このご時世ながら4刷まで重版出来したそうだ。やっぱり皆さん、チャッピーのことが気になって仕方ないのね。だが、店頭でよく手に取られるのは文芸や文庫、人文書などで「気づけば普通の本屋の品揃えになってきました」と、河田さんは笑った。

スタンダーズが発行している書籍は、おそらくYOTSUYA BOOKSが一番の品揃えと思われる。

 とはいえ、以前訪ねた農文協・農業書センターで出合って以来の『聞き書 ●●(地名)の食事』シリーズや、地元の後輩で韓国在住のジャーナリスト・徐台教(ソ・テギョ)の力作『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社)など、厳選4500冊の中には個人的に「おおっ」と嬉しくなる本が並んでいる。

 そんな話をしていると、棚をひと回り見渡していたお客さんが、吉本ばななの『キッチン』(新潮社)の文庫を手に取り、レジに向かった。誰もが一度は読んだことがあるであろう、ベストセラー中のベストセラーだから古本の流通も多い。でも新刊で買う人もちゃんといるんだな。この方のように通りすがりに立ち寄る人も多く、裏通りに面したドアもあるため、店の中を通り抜けていくだけの人、というのもいるそうだ。

猛暑シーズンだけに、涼むために入ってOK。もちろん真夏以外も、都会の真ん中のオアシススポットだ。

切実に必要としている人に、確実に届くセレクトを

 店頭には社員全員が出ているが、本業で手が離せない時は、オフィススペースに戻っていることもある。そういう時はレジカウンターにあるベルをチンと押せば、すぐに誰かがやってくる。編集部は土日が休みだけど、店舗は年中無休。そこで店番はシフト制にして、土日は休日手当を支給しているそうだ。シフトを考えるのも店長の仕事ゆえに、河田さんはなかなか多忙そうに見える。

「オープンしてから9か月経ちましたが、面白くもしっちゃかめっちゃかでした(笑)。というのもイベントを定期的に開催しているので、とにかく忙しくて。陳列はその日の店番によるこだわりで変えたりしているのですが、とくに強いコンセプトはありません。でも尖りすぎたセレクトにせず、かといって売れるものばかりでもない。個人書店と街の本屋の、ちょうど間ぐらいの位置を狙っています」

 この日の店番担当の清水義博さんに、おススメ本を聞いてみる。すると柴崎友香さんの『あらゆることは今起こる』(医学書院)だと教えてくれた。ADHDと診断された小説家の柴崎さんが、自身の内側で何が起きているかをつづったものだ。柴崎さんと医学書院の組み合わせが新鮮に映ったが、心身のケアに関する本は他にも、厚めに置かれている。理由を清水さんに聞くと「必要としている人が必ずいますから」という答えだった。そう、本って切実な思いを抱える誰かにとって、確実に必要とされるものなのだ。

「心象風景ノート」は、著者みずから営業に来たZINE。「内容次第ですが、ZINEも置きますよ」と河田さん。

 入口すぐの場所にモニタがあるのはイベントのためで、これまで鉄オタで知られる南田裕介さんや元フジテレビアナウンサーの寺田理恵子さん、『兵庫県告発文書問題 なぜ日本を揺るがすのか』(岩波書店)著者の奥山俊宏さんなど、硬軟とりまぜた人たちによるイベントを開催してきた。なかでも塩崎剛三さんと、とみさわ昭仁さんによる「ファミコン通信」(ファミ通の前身)を語るイベントは、満員御礼になるほどの盛況だったそうだ。さすがゲーム系も手掛ける版元らしい。シリーズ化している箱庭ゲームの、マインクラフトの関連書籍は手堅い人気を誇っている。興味深かったので「はじめよう!」とタイトルにある、初心者向けの1冊を買うことにした。

「お子さんにですか?」

 いえいえ、私がやるんです! まったくの未経験だけど、本を頼りに本当にマイ箱庭を築けるのか。夏のチャレンジの成果を、ぜひ報告に行きたいと思っている。

河田さんが選ぶ!知っているようで実は知らないことがわかる3冊

●『短くて恐ろしいフィルの時代』ジョージ・ソーンダーズ/岸本佐知子訳(河出文庫)
国民が6人しかいない小さな国をめぐる独裁者とジェノサイドのどうかしている寓話。あまりに抽象的でぶっとんだ設定なのに、妙にここ数年の世の中の動きとリンクしてその骨格を照らし出してしまう不思議な小説です。

●『兵庫県告発文書問題 なぜ日本を揺るがすのか』奥山俊宏(岩波書店)
ソーンダーズのリアル版ではないですが、あまりにいろいろな問題が噴出し、絡み合って、傍目には理解しにくいほど混沌化した兵庫県の問題について、公益通報のエキスパートとしての当事者目線から解いていく話題のノンフィクション。弊店で開催した奥山先生のイベントの反響も大でした。

●『わかりやすさの罪』武田砂鉄(朝日文庫)
「知らないことがわかる」のはいいけど、「わかりやすい」のが当たり前だと思う安易さに寄らずに、その手前で考え続けることの重要性を書き続ける著者の名エッセイ。ラジオもよく聴いています。

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