フレッシュな才能が次々参入
近年ますます盛り上がる国内のホラー小説シーン。今年特に存在感を示したのは、既存作家の活躍に刺激されてデビューした新しい書き手である。
たとえば横溝正史ミステリ&ホラー大賞・大賞を受賞した新名智の『虚魚』(KADOKAWA)。怪談の発生源を探るというストーリーこそ定番だが、主人公の探究は「なぜ私たちは怖い話を求めるのか」という大きな問いにつながる。シャープで抑制された筆致も相まって、この時代に書かれるべきホラーという印象を与えた。
芦花公園『ほねがらみ』(幻冬舎)は複数の怪談がリンクし、不気味な真相を浮かび上がらせるドキュメントホラー。マニアックな趣向と、是が非でも読者を怖がらせてやろうという気概が好もしい。北海道の集落を舞台にした阿泉来堂の土俗ホラー『ぬばたまの黒女』(角川ホラー文庫)、怪談実話とミステリを融合させた大島清昭のデビュー作『影踏亭の怪談』(東京創元社)も要注目!
彼らの先輩にあたる澤村伊智は、今年も『ぜんしゅの跫』(角川ホラー文庫)などを発表。『怖ガラセ屋サン』(幻冬舎)は恐怖論を含んだ恐怖小説、というこの著者らしいアプローチの野心作である。
こうした盛り上がりに答えるように、「二見ホラー×ミステリ文庫」という新たな文庫レーベルも誕生。本格ホラーを毎月リリースしてくれたのは喜ばしい。最近の流行なのか、怪談蒐集をモチーフにした作品が多いが、いずれも水準以上のクオリティー。中でも黒史郎『ボギー 怪異考察士の憶測』(二見ホラー×ミステリ文庫)は、全編に漂う不穏さとオカルト事典のような情報量でひときわ異彩を放つ。
圧倒的な読み応えの『闇に用いる力学』
中堅・ベテラン組も負けてはいない。京極夏彦『遠巷説百物語』(KADOKAWA)、三津田信三『忌名の如き贄るもの』(講談社)、宮部みゆき『魂手形 三島屋変調百物語七之続』(KADOKAWA)はそれぞれ長年続くシリーズものの最新刊だが、きっちり怖くて面白いのはさすが。異能者の孤独を壮大なスケールで描いた、宇佐美まことのダークファンタジー『子供は怖い夢を見る』(KADOKAWA)も忘れがたい秀作だった。
ちなみに今年一番ぞっとしたのは、辻村深月の『闇祓』(KADOKAWA)だろうか。さまざまなコミュニティー内での名もなき悪意と怪異の拡散を描くホラーミステリーだが、団地でのどろどろした人間関係を扱った第二章がとにかく怖い!
夏にはミステリ界のレジェンド・竹本健治の『闇に用いる力学』全3巻(光文社)が登場。連載スタートから26年の歳月を経てついに完成した巨編である。集団の狂気を扱った物語は、異様な熱気を孕んだまま、混沌のクライマックスへとなだれ込んでいく。
幻想文学方面では、山尾悠子の新作『山の人魚と虚ろの王』(国書刊行会)が素晴らしかった。宵闇と機械のイメージに圧倒される、奇妙な新婚旅行の記録。高原英理『高原英理恐怖譚集成』(国書刊行会)は著者のホラー系の中・短編を一巻にまとめたもので、磨き抜かれた文体と濃密な怪奇性に酔わされる。
5月15日には『就眠儀式』などで知られた小説家・歌人の須永朝彦氏が76歳で逝去。死後刊行された山尾悠子編『須永朝彦小説選』(ちくま文庫)には、古風典雅な文体で綴られた耽美的幻想小説25編が収められている。末永く読み継がれることを祈りたい。
「異形の愛」を描く、切実な怪奇幻想譚
今年はなぜか「異形の愛」を描いたホラーに名作が多かった印象。篠たまき『氷室の華』(朝日文庫)は、冷たい洞窟内の光景に魅せられた男の猟奇犯罪を扱った耽美的サスペンス。江戸川乱歩の長編のようなスリルとエロティシズムが漂う。芝居小屋で夜ごとくり広げられる残酷劇を描いた空木春宵『感応グラン=ギニョル』(東京創元社)、異様な旧家での怪事件を年代記形式で描く『不村家奇譚 ある憑きもの一族の年代記』(新潮社)も、やはり乱歩の血統を感じさせる背徳的な物語。
冒頭の一編を読んだ時点で、年間ベスト級の傑作であることを確信したのが小田雅久仁『残月記』(双葉社)。月と地球、彼岸と此岸に引き裂かれた者たちの壮絶な物語である。これもまた数奇な愛を描いた小説ともいえる。
クラシックホラー翻訳祭りの1年
今年の翻訳小説は「クラシックホラーの復権」、この一言に尽きる。
巨匠マッケンの『恐怖 アーサー・マッケン傑作選』(平井呈一訳、創元推理文庫)を皮切りに、ベルギー幻想派を代表するジャン・レーの『マルペルチュイ ジャン・レー/ジョン・フランダース怪奇幻想作品集』(岩本和子他訳、国書刊行会)、19世紀イギリスの大衆娯楽小説であるジョージ・W・M・レノルズの『人狼ヴァグナー』(夏来健次訳、国書刊行会)、ユーモア作家として有名なジェローム・K・ジェロームの『骸骨 ジェローム・K・ジェローム幻想奇譚』(中野善夫訳、国書刊行会)など、クラシックホラーが相次いで邦訳・復刊されたのだ。
それにしてもゴシック小説の源流として名高い、アン・ラドクリフ『ユドルフォ城の怪奇』(三馬志伸訳、作品社)まで邦訳されたのには驚いた。18世紀末の小説だけあってさすがに展開はのんびりだが、重厚緻密な自然描写とスリリングなプロットはなるほど、当時の読者を夢中にさせたのもうなずける。
アジア圏のホラーにも注目を
それに比べると、現代作家の邦訳はあまり多くない。出版不況などさまざまな要因があるのだろうが、往年のモダンホラーブームを知る身としてはいかにも淋しい。
今年刊行がスタートした新紀元社の「『幻想と怪奇』叢書」は、そんな渇きを癒やしてくれる好企画。同叢書から生まれたジョー・R・ランズデール『死人街道』(植草昌実訳、新紀元社)は、ウエスタン×ホラーという魅力的な世界観のもと、現代アメリカ社会の闇を撃ち抜く快作だった。
ジョー・ヒルは父スティーヴン・キングと並んで、定期的に邦訳が出る数少ないモダンホラー作家だ。『怪奇疾走』(白石朗他訳、ハーパーBOOKS)は父子合作短編を含む高カロリーのホラー作品集。緩急自在の語り口と悪夢のようなイマジネーションが圧巻。
張渝歌『ブラックノイズ 荒聞』(倉本知明訳、文藝春秋)は現代史の闇が怪異となって噴出する台湾作家のモダンホラー。アジア圏のホラーといえば、三津田信三ら日本・台湾・香港の人気作家が競作するという『おはしさま 連鎖する怪談』(光文社)も面白い試みだった。2022年はアジア圏のホラーももっと読んでみたい!
【2021年注目の10冊】